今どきの、“死語“についての言葉遊びしてみました…

①「どこ見て歩いてんだい、このとんまなぬけさくは、、。豆腐の角に頭打って、おとといきゃあがれ、、。」

どこか時代も吹っ飛び、江戸かいな、と思えてきそうなレトロな言い回し。
これを死語と言えるかどうかわからないけれど、こんなやりとりの言葉があったとしましょうw。
たぶん、日常会話でこれを言われたら、きっと何を言われているのだろーと若い人は思うだろうと思います。

では、死語を使わずに、言い直したらどうなるかしら、、面白そうで、ちょっとやってみました。

②「きみは、いったいどこを見て歩いているの。浮遊する視点の先に、何が見えているの。
光が漏れでるあのファンタジアの扉が開いている。その取手に手を触れて、もう行くの、まだ行かないで、もう1度ここに来て、遥かな音が聞こえてくるような、きみの声で話を聴かせて。それとも、もう…」

ちょっとやりすぎw。別物になりました。
最後は意味を変化させてしまいましてすみません。もう、も3回使ってみた。…

①の死語の言葉は、生き生きしている。情景を生むリズム感に包まれ、生活の営みを感じさせてくれる。レトロ感が出て、言葉は、時代を映す鏡のようなものであるのだなと思います。
言葉としては、時代錯誤感は拭えないので、やはり滑稽ではあります。

②は、詩的空間に変わって来るのですが、言葉が変わるだけで、相手は素っ頓狂な存在ではなくなり、不思議な存在感を放つ人物になれそうですw。

死語に火がついてしまいw、、夕刻のひとときに、言葉遊びしてみました。

おあとがよろしいようで…。
これも死語かなw。…


#エッセイ  #詩   #現代詩


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Essay

いろいろな場面で、不思議に思うことって多々ありますが、時々、散歩するみたいに考えてみたくなるのです、いえ、感じてみたくなるのです。答えのあるような、ないような文章を書き進めながら…。コーヒーでも飲みながら、どうぞ…。
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