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母親とは痴漢にあった我が子より世間が大事な生き物@hss型hsp、解離性障害、アダチルの私の体験

社会人一年目の頃


帰宅中
家の前の通りで


痴漢に襲われた



もともと地味子だったので
派手な格好はしてない

膝下のタイトスカートだった記憶だ



突然後ろから走る足音が近づいてきた

と思ったら

足元から持ち上げられて
ひっくり返され
背中を地面に叩きつけられた


…今思うと凄いプロレス技だ…



そしてスカートをめくり上げられた




こんな時って
ドラマみたいに


「きゃー!」

とか

「いやー!」とか

言うんだろうと思っていたら



私から出てきたのは

恐怖が言葉にならず



「うぉーー!!」という
うめき声だった





幸い向かいの家の人が気づいて
怒鳴ってくれたので
犯人は逃げて行った




わたしは
慌てて家まで走り
インターフォンを連打した



出てきたのは


煩い

と言わんばかりの顔をした
事情をしらない
迷惑そうな母親だった



ことの顛末を話し
わたしは泣き崩れた記憶が
なんとなくある



父親がかろうじて
「どんな奴だ!」といって
一歩玄関を出て外をみたものの


警察を呼ぶわけでもなく…


母親に至っては


「大丈夫?
 怖かったでしょう」


の類の言葉など一言もなかった


抱きしめられるとか
肩を撫でられるとかの

守られたような記憶もない

 

襲われたときに
恐怖を感じたのは覚えている

 

でも
親の態度について 


「悲しかった」

とか

「寂しかった」

とか

そういったものすら
感じた記憶はない



その日の夜のその後の記憶もない






翌朝


わたしは怖くて
外に出られず会社を休んだ



そんな私を見た
母親が



面倒臭そうな

煙たがるような顔をして




それくらいで何よ



と言うようなことを
一言吐き捨てたのを覚えてる


  

このとき
自分が

何を感じたのか
何か返答したのか


覚えていない


ただ
なんとなく



心の中が

伽藍堂(がらんどう)

何もない


そんな感じの感覚
だった気がする



もう
ナニガナンダカワカラナイ





似たようなことを
友人も体験していた


その友達の母親も
泣きて帰ってきた娘に対し


「そんなチャラチャラした
 格好してるあんたが悪い!」

いきなり怒ったらしい


母親とは
子供の

抱えた恐怖や
傷を受け止めるより



「痴漢にあった恥ずかしい娘」


として
罵りたくなるのだろうか


この2人の
母親の行動が

私はいまだにわからない




ーー後記ーー


そうだな…

感情?心情?てきには

痴漢にあった時の恐怖

1ミリも受け止めて貰えなかった

どころか

否定された
意味不明さから来る

心が伽藍堂(がらんどう)
の記憶と感覚しかないが


他の単語にするなら

「無」

だろうか



でもきっと
この

「無」になる前には

「愕然」「虚しさ」「悲しさ」

もあったんではないだろうか
と思う



受け止めてもらえなかった

悲しさ
寂しさ


あーやっぱり
受け止めてもらえないんだ


という

虚しさ
絶望



私の場合
もはや

受け止められないことに
ある意味慣れすぎて



マッハで
「無」になるようになっていた





この受け止め拒否
過去記事にも記したが


なぜ親は

ただの一言



「大丈夫?怖かったね」

と言うことが出来ないんだろうか




恐らく

突破的なことに対して
許容する
キャパがないのだろうと
思う



悲しいかな
未熟の度合いを超えている


親も子育て一年生!
子供と一緒に
成長するんだよ


なんて
生ぬるいセリフを聞くことがあるが


それでなんとかなるほど

ひとりの人間を育てる
ひとりの人格を育てる

ということは甘くない


傷は
ひとつ

またひとつ

増えていく


親になれるか判断する

親適正精神年齢試験

とかあればいいのに

と思う


筆者➡︎hss型hsp、ネグレクト、体罰、過保護という名の優しい虐待など経験し、アダチル、解離性障害、離人症、心理的逆転発症、見捨てられ不安、存在不安、親密回避などの心癖あり
身体も反応しやすく添加物、電磁波、化学物質過敏症、低血糖症発症などなど
過去の記憶と体験を振り返り自覚して受け止める作業中です。MBTIは仲介者




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