arisainsummer

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最近の記事

「生きてることに感謝しろ」について

人は嬉しくないことには感謝できない。手みやげに羊羹をもらっても、羊羹が苦手だったら、大好物だった時ほど喜べはしない。仕方のないことだ。 生きるのがつらいという人に「生きてることに感謝しろ」と言う人がいる。 感謝というのは強要するものでもされるものでもない。そして「感謝しなければ」と頭では分かっていても、心がそれについてこないことってある。「この羊羹は高価な店のものだから」、「重いのにわざわざ持ってきてくれたのだから」、「その気持ちがありがたいから」、「お金もかけてくれたのだ

    • 葬送のフリーレン、アニメ1期雑感

      ※アニメ1期を観終わったところでフラッと書いています。 ネタバレになるので気になる方はお控えください。 ☆ 魔族は魔力を制限するということをしないし、できない、しようとも思わない、という設定が面白いな、とアニメ1期を2周目しながら思った。 最初は、「魔力を制限して油断させて不意打ちとか、いいじゃん戦略的で」くらいに思ってたから、リュグナーがフェルンの魔力制限に気付いて呆然とするシーンも「え、どういう意味?」って感じだった。 人間は共感能力や言葉によるコミュニケーションが

      • 「子どもって可愛い❤」への疑念

        子どもが嫌いだと思っていた。 でも、今思えば、「ちやほやするのが正解」と言わんばかりの大人のテンションがウザかっただけの時も多かったように思う。 結局は子どもを取り巻く大人の態度が嫌いだったんだんだろう。 まず昔から感じていたこととして、「子どもは純粋」、「無邪気」、その一方で「残酷」、というテンプレートは乱暴で適当な言い分だということ。 子どもだった頃の世界を覚えていたら、そんなこと言えるだろうか? 何が正解か不正解か分からない世界。 不正解だとして、その度合いも分から

        • 怒りのケアついて

          胸のうちで燃え上がる怒りの炎に、手を焼いていた。 内観や瞑想といった勉強をし初めてから、「怒りは悲しみからくる二次感情」、「怒りを感じている自分を『そんなこと思っちゃだめ!』と責めるのではなく、受けとめ、いたわるのが正解」と学んだ。実際、それで随分楽になったように思う。 私は自分の過去生について、中世ヨーロッパに生きた女性で、魔女狩りにあって殺されたと記憶している。そのため、世の中の理不尽や曲がったことに対して、ものすごい怒りを覚えることが多い。相手を一方的に決めつけて誹謗

        「生きてることに感謝しろ」について

          会話の取っかかりとして、相手をイジることしかレパートリーないのってほんとに直した方がいい。たまにいる、そういう人。 イジられた方は一応笑うけど、当然それは社交辞令なわけで。でも、今までの感触からすると多分ほんとに面白くて笑ってると思ってるっぽい。

          会話の取っかかりとして、相手をイジることしかレパートリーないのってほんとに直した方がいい。たまにいる、そういう人。 イジられた方は一応笑うけど、当然それは社交辞令なわけで。でも、今までの感触からすると多分ほんとに面白くて笑ってると思ってるっぽい。

          「それだと老後困るよ!」とかいう意見が堅実みたいに思われるけど、老後まで生きられると無条件に思ってる時点でお花畑なんだよなあ

          「それだと老後困るよ!」とかいう意見が堅実みたいに思われるけど、老後まで生きられると無条件に思ってる時点でお花畑なんだよなあ

          マシュー・ペリーさんの知らせを聞いた日のきもちについて

          直接会ったことのない人を亡くして、初めて泣いた。泣いて、目の周りが不思議なマゼンタ色になった。 昼間に泣き終わった気でいたけど、ベッドに入って今また涙が出てきた。声をあげて泣いても足りない、って気持ち。知っているようで、初めて味わうようでもある気持ち。悲しくて、信じられなくて、また悲しい。 長年依存症と闘っていたと初めて知った。ただフレンズを観て笑っていただけのファンだったから知らなかった。でも人生の半分くらいの間、フレンズに元気をもらい続けてきた。 受験が終わった日、コス

          マシュー・ペリーさんの知らせを聞いた日のきもちについて

          映画『ザ・ホエール』の感想ととりとめもないエッセイ

          あるレストランのキッチンで働いていた頃、休憩時間に談笑しながら私は言った。「動けないくらい大きくてぶよぶよの体になりたい。そうすれば、何もしなくても怒られないから」。 私にいつも良くしてくれたおばさんはそれを聞いて、えーそれおかしいよと言い、同意を求められた少し年下の女の子も苦笑いをして頷いた。 でも私には、私の言っていることが分かった。私はもうあの時、疲れきっていたんだと思う。誰にも何も期待してほしくなかった。家に帰って好きなものを食べたい気分だったし、やろうと思えばそれが

          映画『ザ・ホエール』の感想ととりとめもないエッセイ

          涙は手で拭いてもいいけれど、洟は汚い。泣き方さえ、母に教えられた通りだ。30歳をとうに越えた今でも。 生きているということ自体が悔しい。 その事実にさえ他人の手垢がついている。性行為なんて汚くて大嫌いだ。でも、その先で私は生まれた。もう、死んでもいいだろうか。

          涙は手で拭いてもいいけれど、洟は汚い。泣き方さえ、母に教えられた通りだ。30歳をとうに越えた今でも。 生きているということ自体が悔しい。 その事実にさえ他人の手垢がついている。性行為なんて汚くて大嫌いだ。でも、その先で私は生まれた。もう、死んでもいいだろうか。

          実写版リトル・マーメイドについて、アリエルオタクが思うこと

          私はアリエルが大好き。 幼稚園の頃初めて観たビデオでは声の美しさにうっとりしたし(当時は吹き替えで観てた。でも声を奪われる時の歌声はジュディ・ベンソンの声のままで、声違うなーと思ってた笑)、 大学受験を終えてディズニーシーに行った時、スリーピーホエールショップで流れてたリトル・マーメイドの映画に心が浄化されて、アリエルオタクになった。 人魚になりたくてマーメイディング(人魚のヒレをつけて泳ぐマリンスポーツ)の資格を取ったり、初めてのディズニーハロウィンはもちろんアリエルの仮装

          実写版リトル・マーメイドについて、アリエルオタクが思うこと

          怒りの感情を受けとめること

          みちよさんの「自分を愛するブック」で、あなたは怒りを押し込めすぎているかもしれないという問いかけがされていた。頭の中でもやもや考えているのではなく、紙に書き出してみるといい、と。 大切なのは「説明はしなくていい、自分しか見ないから」「悲しいとかムカつく!とか、状況ではなく感情を書く」というような内容なのが新鮮だった。つい、嫌な気持ちを紙に吐き出す系のワークでは、客観的な状況を描写してその時のことを思い出し、凹むということをしがちだったから。 嫌なことがあったので、試しにやっ

          怒りの感情を受けとめること

          のんびりしてたら横槍で発作

          久しぶりの休みだったので、お菓子を食べたり漫画を読んだりを素直に楽しめていた。 でも発作が出るようなことをたくさんされて、余裕がなくなったら部屋に戻って漫画を開いても「こんなことしてても…」「なにか有意義なことを」ってなった。 何かしなきゃって義務感は、だらだら過ごしてることへの退屈や焦りからくるのかと思ってたけど、実はリラックスできてない時にでてくる感情なのかも。素直にのんびりして正しく充電されたら、「やらなきゃ」じゃなく「やりたい」が湧いてくるのかな。 あーあ。

          のんびりしてたら横槍で発作

          死にたいという想いについて

          私は昔からよく「死にたい」と思う子どもだったし、今でもそう。なんで生まれてきたんだろうとよく考えるし、死にたいと思うことも月に何度かある。 抑うつと診断されたことはあるけど、動けなくなったことはないから、ごく軽い症状だったんだと思う。「死にたい」は影のように、ずっと一緒に生きてきた存在だ。 高校生の頃、死にたいと思うことがあると言ったら「怖」と言われた。ちょっとトラウマっていうか、たまに思い出す。「え、他の人ってそういう感じなんだ」ってびっくりしたから、印象に残ってるって感

          死にたいという想いについて

          私のOCD症状を擬人化すると、「どうでもいいことほど嬉々として指摘してくる姑or継母」って感じ。

          私のOCD症状を擬人化すると、「どうでもいいことほど嬉々として指摘してくる姑or継母」って感じ。

          心とあたま

          好きな人ができた。 その人のためにたくさん稼がなきゃ!と昇格試験を受けるも開花せず、このままではだめだと転職を試み、結果として先方は是非にと言ってくれた。 でも収入は上がらないっぽい(むしろ下がる)ので多分辞退する。がっかりすべきところなのに、胸のつかえが取れて心が軽くなってる自分がいる。新しい環境に馴染むのって大変だしね。それにしても、久々の解放感と安心感。 結局、「稼がなきゃ!」「恋のおかげで野心が出てきて、いい感じじゃん!」と捲し立てていたのは頭で、心はそうじゃなかった

          心とあたま

          杉田水脈議員の「生産性」発言を聞くたび思うこと

          杉田議員に限らず、LGBTなどセクシャルマイノリティに関する否定的な意見の根拠として大抵、生物学的な子孫を残さないからというものがある。 生物学的な子孫を残さない、ということは「生産性がない」ということなんだろうか。 もしそうなら、それは「精子と卵子が受精しました。人間一丁あがり」と言っているのと同じじゃないか、という疑念を抱くのは、私だけだろうか。 人間は受精して完了じゃない。 生まれてくるまでには、妊娠を維持する母親の存在やその安全を守るパートナーや医療従事者、社会イン

          杉田水脈議員の「生産性」発言を聞くたび思うこと