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終末時計

「すみません。今何時でしょうか?」
「11時25分ですよ。」
「どうもありがとうございます。」
これは腕時計をつけた男の受けた、本日8回目の問答である。分針が26分に到達するかと思えば巻き戻り、同じ女から再び時間を聞かれるのだ。

 始めのうちは紳士然としていた彼も些か焦燥しているようだったが、時を訊ねる女の方には何ら変化は見受けられない。

 それから3回、全く同じ問答を続け、彼は決心した。女が質問してくるまでの僅かな間にイヤホンを装着し、聞こえていない振りに徹することにしたのだ。感じる視線、罪悪感に襲われながらも必死に耐え、女の気配がなくなったとき、ふと時計を確認すると、針は26分を指し示していた。

 ついに束縛から開放された彼は、小躍りしたい気持ちを抑えながら歩を進める。時は11時26分、彼は27分を迎えるまでにその1分間を30回ほど繰り返す羽目になる。

 血色の悪い男が目の前でつんのめる、彼は慌てて男を支えると道端に座らせた。一息つき、額の汗を拭うと、ふと腕時計が目に入った。時は、11時26分。

 血色の悪い男が、目の前でつんのめる。

 彼はあらゆる手段を尽くした、支えたあとに座らせない、敢えて倒れたあとに手を差し出す。或いは支えたあとにすぐさま駆け出すなど。しかし、変わらず、血色の悪い男が、何度も、目の前で、性懲りもなく、またしても、つんのめるのだ。

 そして彼は男を無視することにした。うわっという悲鳴が後ろから聞こえるも彼が振り返ることはない。

 分針が溜まった欲求を吐き出すようにカチリッっと大きな音を立てた。針は27分を指し示していた。

 時は、11時27分。しかし、至極残念な事ながら、これから1分ごとに、彼の目の前で人が苦しみだす事になる。

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 時は、11時59分、彼は1分間を2000回ほど繰り返したところだった。最初のうちは彼も、積極的に人を助けていたが、55分を回った頃から2、3回手を出して無駄だと感じたら無視することにしていた。そんな彼の目の前に、腰を曲げた老婆が現れる。重い荷物を持ち、辛そうな表情を浮かべながら歩いている。荷物を預かり、一緒に横断歩道を渡ろうとしたところでトラックに撥ねられた。

 針は59分を指し示している。彼は、無視をした。

 時は12時。横断歩道を渡ろうとした男は宙を舞う自らの状況を顧みながら、頭の中を整理していた。俺は12時にトラックに撥ねられるのか、ならばまた時が戻ったときに、少しだけ待とう。

 血溜まりの中、針が、1分を指し示していた。

Photo by Photo by noor Younis on Unsplash  

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