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さらば、崇拝者よ

 空が、怨念により黒く染まる。大地が、血を吸い朱に染まる。

 邪教の僧共の念仏は、輪唱となって空気を揺らす。仏ならぬ仏を祀る仏堂より滾る瘴気は、囲む者共の狂気を煽る。

 狂える信徒が撞木代わりに、自らの頭で百八の鐘を打つ。あらゆる煩悩を成就させる為に。

 悪逆非道、正道から逸れた人々は邪なる者に祈り、弱きものを彼らに捧げる。

 しかし、栄えた者がいるならば、それを貶める者が現れるのが世の常。この定めは、末法の世でも変わらず。シャリン、シャリンと錫杖を鳴らし、経文を唱えて歩く、手に持つ鉢を邪なる者の血で満たすために。編笠の端からみえる目はよもや常人のそれになし。無論彼も狂人である。

 彼の話をする前に、まずはこの国に何が起こったかを語らねばならない。未だ空が青かった時、とある邪教の者共が国を供物として捧げたのだ。神域を穢すことにより、神よりの加護を殺したのだ。要石を割り砕き、神聖なる境内を血で満たす。穢れを抱いたこの国は邪なる者を内に迎えた。そして奈落の門は開かれる。かつての日本を依代として、世界に悪をばら撒く地獄の総本山。日の本は卑の本となる。

 これが馴れ初めである。人と、狂気との。

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 打ち壊された寺に御経が響く。聞くものが聞けば、それが捻じ曲げられていることに気付けたかもしれない。だが理解できるものなどこの世には既にいない。

 そして寺の中心に座し、経を唱えるこの男こそが、悪を貶める者。邪教の僧共は彼を異端と断ずる。邪教の信徒は彼を捧げものとしか見ていない。ならば、僅かに残るまともな人々は?人々は彼を信じている。人々は彼を信仰している。彼こそが、自分たちに救いをもたらす弥勒だと確信している!

 パンッ!と寺に音が鳴り響く。男は、弥勒は白紙の経典を懐に納めると、奇妙な笑みを浮かべ、仏ならざる像に一礼する。
「私こそが正しき信仰を広めてみせます。」

【続く】

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