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『冷たい毛布』

 ほどよく冷たく、ほどよく弾力があり、ほどよく優しい。

 なんだったかはよく覚えていないが、なにかとても心地よかったように覚えている。

「これは・・・なんだったかな・・・」

「お父さん? なに? どうしたの?」
「・・・」
「気のせいか・・・」



 あれはなんだったか?私はずっと触っていた。触っても触っても満たされることはなかったが、触っていないと満たされるという感覚からもどんどん遠ざかっていく。
 だから触る。触る。触る。触る。触る。触る。触る。触る。触る。触る。触る。触る。触る。触る。触る。

触り続ける。


 私は原因不明の記憶障害を患ったらしく、過去の記憶が断片的に欠落しているそうだ。確かに思い出そうとしても思い出せない事柄が多い。

 この心地よい記憶もそうだ。

 定年退職後、突然、潜在意識のように私の中に現れた記憶。現れては消えて現れては消える。そしてそれは老いていくにしたがって、少しづつ、その感覚だけが鮮明になっていく。でもそれが何だったのかは思い出せない。

ピーピーピー、ピーピーピー・・・カチャ・・・カチャカチャ。

「”#$%&’=##$%&?」
「$%&=・・・」
「!#$#$&。」
「=%&」
「・・・」

 何の音か知らないが私の思考の邪魔をしないで欲しい。静かにしてくれないかなぁ。もう少しであの記憶の正体が見えるんだよ。もう少しだけ手を伸ばせば、もう少しだけ奥を覗けば、あれが何だったかわかるんだよ。ちょっとだけ静かにしていてくれないかなぁ。もう・・・
 遠くのほうでも別の何かが聞こえる。お母さんの声だ。これはおじいとおばあか?妙子おばさんもいるの? なんでだろ?

 ぼくは寝ぼけているんかな?

 のりたまがおいしいね。おじいは魔法でチョコボールを出してくれるよ。お母さん、お腹が痛い。サンタさんはお母さんだったんだ。チュッチュが死んでる。みつが一緒に寝てくれたんだ。ピッツが噛んだ・・・

ぼくのつめたいもうふはどこにあるの?

つめたいもうふ?

つめたいもうふ・・・


冷たい毛布。


思い出した・・・冷たい毛布だ。

人として物心がついた時から握っていた冷たい毛布。

心地よい記憶の正体。

 ずっと握っていた。ぼろぼろになったから同じような触り心地の毛布を、妙子おばさんが一緒にお店で探してくれた。大人になっても握っていた。カノジョに話したら気持ち悪いって言われた。でも君だけは可愛いと言ってくれた。だれでもそんなことはあるよって言ってくれた。君はぼろぼろの冷たい毛布を見て、同じようなものを一緒に探そうって言ってくれた。

 だからっていう訳じゃないけど、ぼくは君と一緒になってとても幸せだったと思います。

本当にありがとう。

ピーピーピーピーピ、ピーピーピーピーピー・・・・・・
ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


最期にやっとわかったよ。
心地よい記憶の正体。



おわり

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