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『シロウオの悪夢』

 ぼくはよく夢を見て寝ぼける。

「ぎゃー・・・わぁーん、おかあーさーん、おかあーさーん、ヒック、ヒック、ヒッ・・・・おかあーさーん・・・おかあーさーん・・・」
バタバタバタ・・・バタバタ・・・

「どうしたの?ピンちゃん。また怖い夢見たの?ほらこっちにおいで、お母さんがよしよししてあげるから。」
「ヒック、ヒック、ヒック・・・えぇーん・・・」

 この日もぼくは怖い夢を見て寝ぼけた。

 寝ぼけるのは、だいたい週末の夕方。まだ眠る時間じゃないのに、遊び疲れて寝てしまった時。夢の正体は不明。とにかく怖い夢。そしてぼくは泣き叫びながら母を探す。こんな状態が物心ついてからずっと続いている。


 さすがに大人になってからは、泣き叫びながら母を探すことは無いが、歴代の恋人たちは全員、ぼくのこの異常な行動を目にしている。

 静かに寝ていたと思ったら、突然ぐずぐずと泣き始め、「おかあさん、助けて・・・助けて・・・」と繰り返し、そして最後に一言「痛い・・・」と呟くらしい。放っておくとそのまま静かに寝てしまうらしいが、心配になってぼくの横に来て声をかけると、ぼくは痛いぐらいの力で抱き着いてきて、そして「おかあさん、助けて・・・助けて・・・」と繰り返す。

 不思議なことに、ぼくには怖い夢を見たという事実しか残っていない。

 そんな行動を見て、祐輔が、ぼくを病院に連れていくと言い出した。祐輔が言うには、悪夢障害という病気があって、おそらく幼少のころ、ぼくは母からDVを受けていて、それが心的外傷後ストレス障害になったのだろうと・・・でもぼくは母から暴力は受けていない・・・
 祐輔に言わせると、週末の夕方にこんな変なイベントが突然発動するのは、祐輔自身の精神衛生上良くないということで、早くなんとかしたいとのことだった。医者の祐輔が言うのだからなにかしらの改善があるだろうと思い、祐輔の薦める病院へ行くことになった。

 都内にある、催眠療法で有名な心療内科。ネオシンジュク駅の西口を出たところにある複合ビルの3階。祐輔の学生時代の友人が院長らしい。

”チリン・・・”
受付の箱にマイナカードを入れてベルを鳴らす。

「はい。こんにちは。初めての方ですか?」
受付で女性のようなものが優しく微笑みかける。よくできている・・・

「はい、初めてです。」
「今日はおひとりで来られたんですか?」
「・・・はい。」
 本当は祐輔と一緒に来た。祐輔は買い物に行かせた。

「それでは、この紙に書いてあることに答えてもらっていいかしら?」
「はい・・・」
 紙とボールペンが渡された。今どきアナログだ・・・だが、あえてそうすることで患者の精神に安らぎをもたらすらしい。嘘っぽい。

 紙は、いわゆる初診向けに用意してある症状や既往歴を記入する問診票。ぼくは事実をそのまま書いた。平日の朝なのに、お客、いや来院者は結構いる。複雑になった今の社会環境では、こういった施設の需要は、必然的に多くなっているらしい。それに伴い最近はよくわからない病名が増えた。特にアルファベットで構成されているやつ。なかには何気にカッコいいものあったりする・・・ちょっと不謹慎。
 さて、この人数なら少し待たされることを覚悟しないといけない・・・と思っていたら・・・

”XXさーん”

呼んでいる。珍しい名前だからぼくだろう。想定を超えて早かった。

 案内されるまま診察室へ入る。事前に催眠療法のやり方と、その際に起こりうるとされる副作用、ほとんど起きることは無いらしいが、一通りの説明を受けると、催眠療法のベッドに案内された。

「こんにちは。本院の院長をやっています山口です。狭川のお知り合いらしいですね。今朝がた狭川から連絡がありましたよ。」
「はぁ・・・よろしくお願いします・・・」
 狭川と聞くと新鮮・・・狭川祐輔。あっ!早く呼ばれたのは祐輔の力か・・余計なことを・・・。

「それではXXさんの原体験を調べるために一旦催眠状態に入っていただきますね。力を抜いて・・・ダラーンとしてください。耳だけ私の声に集中してください。はい、今からXXさんは・・・」
 なんだか心地よい声。小声でもよく通る低い声・・・声質にエッジがある・・・徐々にぼくは時間を遡る。どんどん遡る・・・


ぼくは記憶の深層へ潜る・・・

心地よい流れの中で泳ぐ。
上から注ぐ太陽の光が眩しい。
お母さんの所へ行かないと・・・・

気がつくと酸っぱいものの中・・・
大きく上空へ動いたと思ったら、突然流される・・・

体が溶ける・・・痛い・・・おかあさん、助けて・・・
みんなも溶けていくよ・・・痛い・・



「はい、お疲れさまでした。よく頑張りましたね。」
「はい・・・なんだか頭がぼおっとして・・・」
 ただ頭の奥のほうは何故かスッキリしてる。何かが丸ごと無くなってしまったような・・・変な感じだ。ずいぶんと時間が経ったような経ってないような・・・

「えっと、結論から言いますと、心的外傷後ストレス障害ではありませんね。当初疑われたような、幼少期のDVもございませんでした。」
「はぁ・・・ではあの夢は・・」
「おそらく思い込みか、映画かなにかの映像が深層心理に残ってしまって、それが悪夢の原因になっているのではないかと・・・なにぶん幼少期のころですのでなんとも・・・一応、お薬を出しておきますので、少し様子を見てください。」
「はぁ・・・」
「また、同じようなことがあれば改めてお越し頂ければ良いかと。」



「よぉ・・・狭川の紹介で診た、あの生体レプリカント。」
「あぁ、ヒフミか。どうだった?あいつ何でうなされてるんだ?」
「ヒフミって呼んでいるのか?まぁ123号だからヒフミか・・・おっと、それで夢の原因なんだけど・・・稀に前世の記憶が断片的に残ることがあって・・・」
「前世の記憶?」
「あのレプリカント、シロウオの記憶が混じっていたようで・・・その頃の記憶、特に死ぬ間際の記憶が強烈に残っていたみたいなんだ。」
「死ぬ間際って?」
「あぁ・・・昔の日本で流行った”踊り食い”ってやつかな・・・今じゃ考えられないような残虐な食べ方でさ、生まれたばかりの小魚を生きたまま食べる・・・」
「やめてくれ!それ以上は説明しなくても良いよ!でどんな処理を?」
「あぁ、そんな記憶は完全にデリートしておいたよ。ずいぶん苦しんでいたんだろうな・・・・XX123号は・・・」


 2252年11月25日、人造生命体が合法化されてから、様々な種類のレプリカントが開発された。なかでも生体レプリカントと呼ばれる人間そっくりのレプリカントは、世界中の富裕層に爆発的に売れた。生体レプリカントは、様々なたんぱく質を原料にして作られるのだが、ヒフミの脳には、踊り食いによって消費されたシロウオの脳が、どこかで原料に混ざってしまったようだった・・・通常は出荷時のリセットにより、前世の記憶は完全に消去されるのだが、稀に強烈な記憶だけが、断片的に残ることがあると報告されている・・・



おわり

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