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残された諸々

教室が終わり、買い出しをして帰宅。玄関を開けると2階リビングから、娘(8ヶ月)の泣き声がする。急いであがり、ソフトサークルから娘を抱きかかえる。
息子が飛びついてくる。夕ご飯の途中なようだ。娘を抱えながら、食事を促す。僕の夕飯が出てくる。息子に「自分の書いた間違い探しの絵を読め」と言われ、娘には顔をひっかかれ、それでも、飲み込むように夕飯を食べ(噛みも出来ない)、歯磨きをのんびりしている妻を横目に、2人の相手をする。

20:00。娘の寝かしつけで,抱っこ紐で抱えながら、自転車で近所を徘徊。息子は僕がいることで大興奮するので、いないほうが妻の言うことを聞き,寝室に入る。そんなルーティン。20:30。子供たちは寝る。そしてようやっと風呂に入る。

誰もモネの話をしない。まるで夢のような、最初からいなかったかのような、そんなエネルギッシュな、えぐいほどの生命力の満ち溢れた日々。かわいそうと連呼した息子も、日に日に忘れていくだろう。妻にしてもそうだろう。育児に追われて、生前から、ほとんど相手ができなかったと嘆いていたくらいだ。

故人、故犬は、記憶の彼方に。僕たちは生きている。この現実の修羅場に向き合っていかねばならない。あの世はまるで次元の違う世界なのだろう。

1人。アトリエに置いた小さな骨壷を見ている。花が添えられて、静かにそこに在る。僕は透明になったモネの面影を見る。太ももに顎を乗せて、のんびりしている。そのうち、ぷいとどこかへ行く。

忘れない。僕だけは。
託されたものを、形にする。
それだけは、力が湧いてくる。
とりあえず、続くは夢の中で。

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