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AI時代に見直す、現代映画の名カメラマン10人


 
最近AIのイラストや、生成AIによる実写映像が話題になっています。しかし、いくらAIが画像や映像を創るとしても、最終的には結局、AIの背後にいる、人間の審美眼が重要になってくる気が、個人的にはしています。




 
そこで今日は、カメラマンにスポットを当てた形の映画紹介をしたいと思います。現代でも絵画や写真、動画の画面作りの参考になるであろう人たちを、10人取り上げてみます。
 
選考基準は、まず古い撮影所時代の名カメラマンは避けること。映画史的に重要な人は沢山いますが、撮影所の大掛かりなセットや優れた照明と結びついているため、カメラマン単独で挙げるのは、ちょっと忍びないところがあります。
 
撮影所が崩壊した後の1960年代以降、セットを飛び出し、現実の光景と格闘した人を選びました。
 
実のところ、カットの構図だとかは、カメラマンでなく監督の好みによるものが大きいのは確かです。しかし、そうした監督や物語との折衝で、自分にしかない表現を手に入れた人は、新しい時代の視覚表現にも参考になると思うのです。




 
その人の特徴を味わえる推薦映画と、もっとディープに芸を堪能できる裏・推薦作も添えました。
 
また、以下の5つの指標を設けて、分類しました。こちらの評価も参照しつつ、自分の好みのカメラマンを見つけて、その人が手掛けている作品を追ってみるのも一興かと思います。楽しんでいただけますと幸いです。

(☆は5つが最高。☆が多い方が優れているわけではないので、ご注意ください)
 

■色彩:
 
☆多→色鮮やかな濃い色彩を広げる人
☆少→ナチュラルな薄い色彩を好む人
 
明暗:
 
☆多→光と影の対照が著しい人
☆少→フラットな光や薄い闇で、画面を満たす人
 
構図:
 
☆多→絵画のようにかっちり決まった、かっこいい構図をつくる人
☆少→移動ショットや手持ちカメラ等、構図を崩してでも物語のために対象を捉える人
 
人工性:
 
☆多→照明等で現実にはあり得ない光景を創り出す人
☆少→できる限り物語を邪魔しない、現実にある光景を自然に見えるよう再現する人
 
革新度:
 
☆多→今までにない独自の技法により、多くの映画に影響を与えた人
☆少→伝統を重んじて、その中で自分の表現を広げた人





A. 押さえておきたい現代的なカメラマン


1.ラウール・クタール(仏)


色彩 :☆☆
明暗 :☆☆
構図 :☆
人工性:☆☆
革新度:☆☆☆☆☆

現代映画の始祖、ゴダールの盟友の、このカメラマンは外せません。手持ちカメラを多用した、構図にこだわらない柔軟な撮影方法、増感フィルムを使った暗い夜の生々しい撮影は、後世に大きな影響を与えました。実は元報道カメラマンだったりします。


『勝手にしやがれ』

 
<推薦作>
・『勝手にしやがれ』
(1960、ジャン・リュック・ゴダール)


映画の革新。今見ても、生々しい名作。現代でも、写真好きの方やイラストレーターさんにも、見て得るところはあると思います。
 
<裏・推薦作>
・『気狂いピエロ』
(1965、ジャン・リュック・ゴダール)


原色の衣装や塗料が印象的なのは、寧ろ色彩を強調せずに、フラットな明るい画面作りになっているから。海の表情の豊かさにも注目です。




2.ロビー・ミュラー(独・米他)


色彩 :☆☆☆☆
明暗 :☆☆☆☆
構図 :☆
人工性:☆☆☆
革新度:☆☆☆☆


 70年代以降をリードした名カメラマン。ヴィム・ヴェンダースのロードムービーでの流れるような横移動と鮮やかな色彩感覚、手持ちデジカムもいち早く取り入れた革新性は、今なお色褪せません。
 

『パリ、テキサス』

 
<推薦作>
・『パリ、テキサス』
(1984、ヴィム・ヴェンダース)

 
アメリカの荒涼とした大地と、ネオンに染まる孤独な都会を同時に捉えた名作。彼の美学が良く表れています。
 
<裏・推薦作>
・『奇跡の海』
(1996、ラース・フォン・トリアー)

 
全編強烈なブレの手持ちデジカムを使い、章の合間に着色された絵画のような景色を挟む、バロック的な撮影の一大実験作です。

 



3.パスクワリーノ・デ・サンティス(伊・仏他)


色彩 :☆☆☆
明暗 :☆☆☆
構図 :☆☆☆☆
人工性:☆☆
革新度:☆


室内の美しいフレーミングから雄大なパノラマまで、絵画のような構図にカチッと嵌めることができる人。ヴィスコンティ、ブレッソンといった、芸術家肌の巨匠に重用されました。


『ベニスに死す』


<推薦作>
・『ベニスに死す』
(1971、ルキノ・ヴィスコンティ)
 
海をいっぱいに美しく捉え、ホテル内の瀟洒な空気感を掴んでいるのが素晴らしいです。
 
<裏・推薦作>
・湖のランスロ
(1974、ロベール・ブレッソン)
 
不気味で美しい緑滴る森と、馬上の中世の騎士たちを捉えた、まさに「絵になる」構図が美しいです。
 



B. 癖が強い個性派カメラマン

 

4.ヴィルモス=ジグモンド(米)


色彩 :☆☆☆☆
明暗 :☆☆
構図 :☆☆
人工性:☆☆☆☆
革新度:☆☆☆☆


フラッシングという、現像前にフィルムに光を当てることでぼやけた感触を画面に残すルックスで印象的なカメラマンです。

色褪せて単色に染まったような光景を創造し、一世を風靡。スピルバーグの大作から、尖ったアルトマンの小品まで、柔軟に活躍しました。


『ロング・グッドバイ』


<推薦作>
・『ロング・グッドバイ』
(1973、ロバート・アルトマン)
 
フラッシングをほぼ全編に使ったスモーキーな味わい。そして、なんと全カットでカメラが動いているという実験的な面白さもある、探偵ものです。
 
<裏・推薦作>
・『天国の門』
(1980、マイケル・チミノ)

 
メジャー映画会社を倒産に追い込んだ、巨匠チミノの超大作叙事詩。リアルな西部開拓時代を創造したジグモンドの映像美を堪能できます。



  

5.ゴードン・ウィリス(米)


色彩 :☆☆☆☆
明暗 :☆☆☆☆☆
構図 :☆☆☆
人工性:☆☆☆
革新度:☆☆
 


セピア調のノスタルジックなルックスと、どす黒い影が特徴の、かなりの個性派。ニューヨーク中心に活動していたため、ハリウッドとは縁が薄いものの、その分、風変わりな持ち味を存分に発揮した作品を残しています。

 

『ゴッド・ファーザー』


<推薦作>
・ゴッド・ファーザー
(1972、フランシス・フォード・コッポラ)

 
室内を染める黒い影と、頭上から光を当てて眼の隈を作る強烈な照明設計で、この重厚な物語を見事に引き立てています。
 
<裏・推薦作>
・夕陽の群盗
(1972、ロバート・ベントン)


困窮した少年たちの放浪を捉えるこの西部劇では、どこかアンドリュー・ワイエスを思わせる光景が立ち上ります。ノスタルジックに事物を捉えるウィリスの持ち味が、存分に生かされた名品です。


  

6.ヴィットリオ・ストラーロ(伊・米他)

色彩 :☆☆☆☆☆
明暗 :☆☆☆☆☆
構図 :☆☆
人工性:☆☆☆☆☆
革新度:☆☆☆☆☆
 


おそらく、映画史上最も審美的で、革新的なルックスを創る名カメラマン。『ラスト・エンペラー』で、アカデミー撮影賞。

人物の心理に基づく独自の色彩美学は、説明されても周囲の誰も理解できなかったとか。時折やりすぎなまでに耽美的な色彩と照明の実験をするのも特徴。監督に関係なく、クレジットされた作品を追う価値のあるカメラマンです。 


『暗殺の森』


<推薦作>
・暗殺の森
(1970、ベルナルド・ベルトルッチ)

 
マジック・アワー(日が沈む前10分ほどの、街全体が青く沈み込む時間)を用いた青く美しいパリと、寒々とした森、バロックな光の室内。ヴィヴィッドな色彩と照明によって、耽美な空気が横溢している、今観ても驚くほど斬新な一大絵巻です。
 
<裏・推薦作>
・地獄の黙示録
(1979、フランシス・フォード・コッポラ)
 
特に、カーツ大佐登場以降の、この世とは思えない、地獄の底のような夜の場面に、彼の持ち味が現れています。
 



7.ロバート・イェーマン(米)

色彩 :☆☆☆☆
明暗 :☆
構図 :☆☆☆☆
人工性:☆☆☆☆
革新度:☆


何といっても、ウェス・アンダーソンのほぼ全作品を手掛けているという点で重要。パステル調で平板でシンメトリーな風景は、SNSで話題になり、それっぽい写真の展覧会まで開かれました。

ただ、イェーマン本人は、職人気質で柔軟な良い意味で普通のカメラマンだと思います。

 

『ダージリン急行』


<推薦作>
・ダージリン急行
(2007、ウェス・アンダーソン)
 
インドロケの魅力を引き出し、走行中の電車内での困難な撮影をこなし、尚且つ全編で「いつものアンダーソンっぽい」審美的な映像になっているところに、彼の力量が現れています。
 
<裏・推薦作>
・ドラッグストア・カウボーイ
(1989、ガス・ヴァン・サント)
 
ウェスと組まなかったら、この作品のように、もう少しナチュラルな持ち味を発揮できたような気がします。
 



C. 自然光を生かす正統派カメラマン

 

8.ネストール・アルメンドロス(仏・米他)


色彩 :☆
明暗 :☆
構図 :☆☆
人工性:☆
革新度:☆☆☆☆

 
繊細な自然光を生かした、まさにナチュラルそのもののルックスを出せる名カメラマン。キューバからの亡命者でもあり、どこか乾いた明るい光の感覚は、80年代以降の、特にヨーロッパ・インディーズ映画のルックスに大きな影響を与えました。 


 『恋のエチュード』


<推薦作>
・恋のエチュード
(1971、フランソワ・トリュフォー)
 
夜のろうそくやランプの光の美しさ、そして、真昼のノルマンディーの海を捉えた自然の瑞々しさ等、彼の美点が最高度に凝縮された、名作コスチューム恋愛映画です。
 
<裏・推薦作>
・天国の日々
(1978、テレンス・マリック)
 
アメリカの草原でのマジック・アワーを、特殊効果なしに繊細に捉えた、ナチュラルなのに凄絶な映像美のメロドラマ。発表当時、映画史上最も美しい、と絶賛されたのも納得の素晴らしさです。



  

9.ウィリアム・リュプチャンスキー(仏)


色彩 :☆
明暗 :☆☆☆☆☆
構図 :☆☆☆☆☆
人工性:☆
革新度:☆☆

 
自然光を主としながら、ハードなコントラストで、強烈な光を刻み付ける名匠。構図も美しく、地中海的とも言える透明な光が、画面いっぱいに広がります。


『美しき諍い女』


<推薦作>
・美しき諍い女
(1991、ジャック・リヴェット)
 
南仏のたっぷりとした明るい光の中で、アトリエでの画家とモデルのやり取りが、見事にフレーミングされています。
 
<裏・推薦作>
・恋人たちの失われた革命
(2005、フィリップ・ガレル)
 
殆ど人物の輪郭が溶けるレベルの強烈な光と闇で、パリの夜をさまよう若者たちを捉えた、白黒映画の極北の逸品です。



 

10.レナート・ベルタ(スイス・仏他)

 

色彩 :☆☆☆
明暗 :☆☆☆
構図 :☆☆☆
人工性:☆☆☆
革新度:☆☆☆


自然光からやや審美的な照明まで、あらゆる場面を的確に、美しく染め上げられる、歴代でも最高レベルのオールラウンダー。構図や光源の感覚を勉強したいときに、個人的に最もお薦めの、名カメラマンです。


『ヘカテ』

 
<推薦作>
・ヘカテ
(1982、ダニエル・シュミット)
 
北アフリカの白い光と、青い夜の審美的な照明が同居する退廃的なメロドラマ。ナチュラルでありながら、どこか夢幻的な雰囲気なのが、素晴らしいです。
  
<裏・推薦作>
・家宝
(2002、マノエル・デ・オリヴェイラ)

ポルトの畑の乾いた空気、雨の日の湿った森等、様々な自然の表情を掴み、一枚絵のように美しい室内場面と交錯させて、この謎めいたドラマの詩情を引き立てています。


 
映画は、勿論、語られている物語を楽しむ人が殆どです。しかし美しい光景や、光、構図を味わうというのもまた、映画を観る喜びの一つだと思っています。

以前『ジャンヌ・ディエルマン』について書いたように、映画が今の時代に生き残れるかは、分かりません。だからこそ、色々な楽しみ方をすることが、新しい時代の表現に繋がってくる気がします。

ここに挙げたカメラマンは、そんな時代でも色褪せない美しさをもった芸術を手掛けた人たちの、ほんの一部です。映画にこんな見方もあるんだ、と少しでも思っていただけたら、とても嬉しいです。


今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイでまたお会いしましょう。


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