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東京アダージョ:布袋竹

東京アダージョ:布袋竹

東京湾に面したスタジオの、お向かいのAさんは、脊髄が良くない、定年後しばらく、働いていたが、何度も手術をされている。
羽田国際線の第4滑走路が出来るまでは、懸命に働いていた。
それは、東京の羽田空港滑走路のための土砂は、千葉県の山を切り崩し、運んだものだった。
「工事も終わったし、仕事の区切りだべ」と言ってリタイヤされたら、今度は、大きな病気が待っていた。

奥さんの介護も終わったら、今度は、自分のことでたいへんだ。
1日中床についていて、それでも、歩かねばと、近所の散歩の時は、杖をついていた。
それは、布袋竹(ほていちく)の杖だった。

布袋竹は、私の知る限り、釣り竿ぐらいだった。
「それ布袋竹ですか」と聞いてみて・・
「これはね、ホームセンターの先の高速道路、くぐって、正面に、セレモーホールがあるでしょ、そこが、T字路でしょ、そこを右に曲がって、少し行くと、いやってほど、生えてるよ。」
そこには、山を切り崩した跡に、その布袋竹が蔓延っているのだ。

その布袋竹の釣竿で、都内の川で、ハゼを釣るのも粋なものかもしれない・・
そんな次第で、早くスケジュールが終わったときに行ってみようと思った。

・・・・・

それから、数年経って・・・
そこに行ってみると、布袋竹ではなく、一面にソーラーパネルが並んでいた。

国内で、数少ない、ほぼ自給自足の出来る千葉県、その山を崩して、都内へ運び、工事などに使い、その後のいわゆる雑種地に自然発生的に根を張り、山を守る布袋竹の竹林ではなく、どこからかの意向もあるのだろう、一面のソーラーパネルには、ただ、ただ、がっかりした・・・

#散文 #短編 #東京アダージョ

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