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リチャード・セラとミニマリズム

リチャード・セラとミニマリズム

リチャード・セラ(Richard Serra,1938- /US-プロセスアート/彫刻・版画デッサン)
ミニマリストの彫刻で知られるが、その作品のサイズは、強大なものが多い。
そのマテリアルは、風化した鋼板などだ・・・

(註)プロセスアート:作品が現象するまでの制作プロセスや作品の可変的な状態を強調する。年代的には、1960-70年代の現代美術の傾向。

ニューヨークのトライベッカとロングアイランドのノースフォークに居住、制作する。

略歴とアートワーク-Richard Serra

1938年、サンフランシスコで生まれる。そして、父親は、製鉄関連で働いていた。
1957年にカリフォルニア大学バークレー校で英文学を学び、その後カリフォルニア大学サンタバーバラ校に転校した。そして、1961年にBA(英文学)。
1961-1964年までイェール芸術学校(Yale School of Art)で絵画を学ぶ。MFA(Master of Fine Arts)、このイェール大学での教育は、例えば、ヨゼフ・アルバースなど教師が、彼に大きな影響を与えたと述べている。

その後、ニューヨークでは、彼の友達は・・・

カール・アンドレ(Carl Andre ,1935- /American minimalist artist )、ウォルター・デ・マリア(Walter Joseph De Maria,1935 -2013/American artist)、エヴァ・ヘス(Eva Hesse, 1936 -1970/ American artist-ポストミニマリズム)、ソル・ルウィット(Sol LeWitt,1928 - 2007/ American artist)、ロバート・スミッソン(Robert Smithson,1938-1973/ American artist)たちが含まれている。

ただ、いつの時代も、全てが、順風満帆には行かないものだ、リチャード・セラは彼の芸術に資金を提供するために、家具の引越し事業である低料金の引っ越し業者を始めた。そこでは、チャールズ・クローズ(Charles Thomas Close,1940-2021/アメリカの画家・写真家・視覚芸術家)も、そこでは働いている。

1966年、セラはグラスファイバーやゴムなどの素材で最初の彫刻制作している。
1969年、ジャスパー・ジョーンズ(Jasper Johns, 1930- / American painter)は、彼のスタジオ(ヒューストンストリート)で彼の「Splash piece」の1つを制作するようにセラを招待した。
友人とは、ありがたいものだ。

その時(1969年)、セラは、大きな作品を制作するために、鉛シート、粗い木材などの切断、支柱等々の検討を始めた。大きなロールと耐候性シート(COR-TEN鋼-耐候性鋼:鋼表面に保護性錆を形成)から作られたミニマリストの作品で広く知られており、多くは自立している。鉛のロールは、そして、時間の経過と共にたるむように設計されているのだ。(それは、時間の経緯と共に、自然かも知れない)

1970年代には、セラは大規模なサイトスペシフィック彫刻(特定の場所に存在するために制作された美術作品および経過のこと)に焦点を置いた。それは、観察者を些末化(きまつか/小さくし重要度を削る)し、その内部空間や風景との関係を強調している。

セラの当初の巨大プロジェクト

セラの最初のより大きなプロジェクトは、ほとんどが米国外で実現された。
シフト(1970–72)は、カナダ・オンタリオ州キングシティの芝生の丘の中腹を横切るコンクリートのジグザグの6つの壁で構成されています。(トウモロコシ畑に囲まれたシフトの一端のクローズアップ)

トロント、カナダ-リチャード・セラの「シフト」(1970)

オランダのオッテルローにあるクレラーミュラー美術館(Kröller-Müller Museum )の敷地内には、向かい合った3枚の鋼板であるスピンアウト(1972–73)がある。

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1977年-ドクメンタVI、セラを塔を形成する、高さ41フィートの台形4つのターミナルを設計して、メイン展示会場の前に据え付けた。

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今、このコラムに、書ききれないが・・・セラは世界的に大規模な鉄骨構造を生産し続けており、彼の記念碑的な弧、渦巻き、楕円で、それは、一度見たら忘れられない程、著名だ。

2005年春には、セラはサンフランシスコに戻り、最初の公共事業である「ballast」(2004)を、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)の新しいキャンパスのメインオープンスペースに2枚の50フィートの鋼板で設置した。

グレンストーンでの輪郭(2004)

ballast

そして、もう1つの大きな彫刻である「snake」は、曲がりくねった道を作る曲がりくねった鋼板のトリオで、ビルバオグッゲンハイム美術館(Guggenheim Museum Bilbao)に常設されている。

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snake

21stには、規模の大きい表象だ。そして、そこには、大きな問題を抱え、提起している。

2008年に、そのセラの仕事はBBCで紹介された。巨大な彫刻家として彼を伝え、現代美術リチャード・セラの、彼の並外れた人生と仕事を紹介した。「鋼鉄の男を想像し...リチャード・セラの中で、恐怖と魅惑の両方を備えた、すぐに識別できる鋼の彫刻である。そして、セラは、それぞれの見るものが、その中(現実)にいることで、自分たちのための彫刻と信じている。」-BBC

Richard Serra's Perspective on Dillingen

ディリンゲン:ザールにおけるリチャード・セラの視点

最後に、リチャード・セラの個人的な話だが・・

リチャード・セラの兄は、サンフランシスコで著名な弁護士であり、セラの母親が自殺して以来、2人はほぼ40年間疎遠になっているという・・・セラ自身も辛い中でのコンテンツ制作だっただろう・・
セラの作品の所有者は、個人であれ美術館であれ、彼の許可なしに作品を移動または変更することは禁じられている。それは、コレクターは、他のコレクターに作品を販売することはできないと言うことだ。

#リチャード・セラ #現代彫刻 #耐候性鋼


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