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Nam June Paik-ビデオ・アートの創始者

パク・ナム・ジュン・パイク(Nam June Paik、1932- 2006)韓国(京城-ソウル)生まれ、アメリカ合衆国(NY)で活躍した現代美術家。ビデオ・アートの創始者であると共に、その第一人者だ。そして、テレビジョン(放送)とビデオ(VCR)とその周辺の理論展開、、その時代を生きたアーティストだ。

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略歴(その業績と主な流れの理解のために)
朝鮮戦争で香港に移住した後、
1956年、東京大学文学部美学・美術史学科を卒業。
1956年、ミュンヘン大学(ドイツ)で音楽史を学ぶ。
1961年、ジョージ・マチューナスと知り合い、フルクサスに参加した。ヨーゼフ・ボイスとの出会い。
1964年、アメリカ(NY)に移住。シャーロット・モーマン(女性チェリスト)とのパフォーマンス”ロボット・オペラ”を行う。
1965年、NYでの個展”NJパイク-エレクトロニック展”この後も毎年、継続する。
1973年、ジョン・ケージに捧げる、グローバル・グルーヴ(WGBHで放送)
1977年、ビデオ・アーティストの久保田成子と結婚し、ハンブルク美術大学(ドイツ)で教鞭。
1978年、デュッセルドルフ州立美術アカデミーにおいて教鞭をとる。ここでは、ヨーゼフ・ボイスとのパフォーマンス”ジョージ・マチューナス追悼・ピアノ・デュエット-ボイスとパイク”を演じた。また、青山のギャルリー・ワタリ(ワタリウム美術館)で個展、”ジョン・ケージに捧げる”。
1980-90年代に入って、当時の先端とも言えるメディアを使ったパフォーマンス、そして、ヴィデオ・インスタレーション等を多数発表している。それは、テレビジョンとビデオの時代だ。
2006年1月29日、アメリカ合衆国フロリダ州マイアミの別荘で死去。
2008年、ソウル南郊の龍仁市に白南準美術館が開館した。

(註)韓国に於いては、パク・ナム・ジュン・パイクが朝鮮戦争を逃れたこと、そして、米国に帰化したことについて、複雑な感情がうごめいたが、白南準美術館にその業績が収まっている、そして、再認識されていくだろう。

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                    (c) Nam June Paik


Nam June Paik: Global Visionary - Exhibition Trailer

Nam June Paik – 'My Crazy Uncle' | TateShots


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