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写真家Lewis Baltz-そのシーンに付帯する兆候を探る

ルイス・ボルツ(Lewis Baltz,1945-2014 US)
ミニマリズムの視点で、制作を始めたのは20代の頃だ。
被写体と構図の関係性を突き詰めるうちに独自の視点を得たのだろう、
ボルツは、人工的に、姿を変える自然の風景(アメリカ西部)を執拗に撮影した。
1975年に参加したジョージ・イーストマン・ハウス国際写真美術館のグループ展「New Topographics」 で、風景写真に新たな可能性を与えたいわれる、それは、また、グローバルに多くの写真家に影響を与えた。
そして、「自身を写真家と考えたことはなかった」 ルイス・ボルツ

主な写真集は・・・
Nevada:1977年頃のネバダ州の砂漠と住宅地を撮影したシリーズ
Near Reno:1986年頃のネバダ州北部の砂漠地帯のうちすてられた風景をモノクロで撮影
この時点では、それらは、ロバート・アダムスと同視点で観られていた。

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(c)Lewis Baltz
そして、大きな転換点は、、、
Sites of Technology:東西の冷戦が終結(ベルリンの壁の崩壊)しグローバリゼーションが始まった、この時の自然と人工物のせめぎあいの様子を捉えた。
そのコンテンツは、フランスや日本の最先端の研究施設、原子力発電所、そして、スイスにおける欧州原子核研究機構 (CERN) 等々が撮影されている。
それは、「ハイテクノロジーに付帯する兆候」と述べている。
ルイス・ボルツは、文化人類学的に、世界の動きを観察し、感情や先入観なく、意味論や価値観も込めないように撮影していると言われるが・・・
ヒトの受け取り方により、そのコンテンツからの意味論は様々であり、また、多くなモノだろう。

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(c)Lewis Baltz

略歴
1945年、カリフォルニア州ニューポート生まれ。
1971年、クレアモント大学院マスター。
1975年、風景写真展「New Topographics : Photographs of a Man-Altered Landscape」 で著名になる。
そして、ヒューストン美術館(1976)、サンフランシスコ近代美術館(1981)、ビクトリア・アルバート博物館(1985)、MoMA PS1(1990)など、多くの美術館で展示される。
1992年、ポンピドゥー・センター、アムステルダム市立美術館、ロサンゼルス・カウンティ美術館。
国内の展示をグローバルに比較する訳ではないが、、
1992年川崎市民ミュージアム「ルイス・ボルツ法則」、1987年京都国立近代美術館(作品所蔵)、1993年東京都写真美術館、2007年横浜美術館、2008年千葉市美術館等でのグループ展で紹介されている。
2014年、パリにて死去。

Lewis Baltz | TateShots


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