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舞台芸術と社会をつなぐ「最初の一歩」——ファーストラインという試み

芸術文化と社会をつなぐために必要なものは何か。アートマネジメントはそれを考え、実践する営みだ。舞台芸術の分野においてその担い手は制作やプロデューサー、あるいはコーディネーターなどと呼ばれることが多い。

「有楽町アートアーバニズムプログラム YAU」の一環として実施された「ファーストライン」は、舞台芸術を主としたアートマネジメントに興味のある10代から20代を対象とした交流プログラムだ。

公募によって選ばれた参加者は、学生からすでに制作者として活動する若手まで11名。2023年3月末までの約2ヶ月にわたる実施期間には、YAUで展開される様々なプログラムへの参加や関係者との交流を通して、舞台芸術の多様な実践に触れる機会が設けられた。

Y-base利用アーティスト(y/n)であり、ファーストラインの講師としても参加した批評家の山﨑健太が、アートマネジメントに興味のある若手の出会いと交流を図った当企画の全体を振り返る。

文=山﨑健太


「最初の一歩」の出会いをつくる

ところで、舞台芸術のアートマネジメント(=制作)とは具体的にはどのような仕事なのだろうか。

企画から資金調達、関係各所との調整、広報等々、制作の業務は幅広く、劇場に所属するか芸術祭に関わるか、あるいはアーティストや劇団の専属として働くかフリーとして働くかなど、携わる対象や働き方によってもその性質は大きく変わってくる。

多様な可能性に開かれている一方、外部からはその内実が掴みづらく、若手にとってはキャリアの最初の一歩をどう踏み出せばよいのかが見えづらいという現実もある。近年では舞台芸術を専門に学ぶことのできる大学も増えてはいるが、アートマネジメントが芸術文化と社会をつなぐ営みである以上、実践を通してしか学べない部分も大きい。

実際、何らかの現場に入って経験を積むなかで自らのキャリアを選択してきたという舞台芸術制作者は多いはずだ。そのような現場での経験は原体験としてその後の活動において大きな糧となる。ファーストラインはそんな舞台芸術制作者のキャリアの最初の一歩、そのきっかけとなる「出会い」の可能性を創出するものとして意図されている。

ファーストラインを企画・運営する一般社団法人ベンチは演劇やダンス、アートプロジェクトを主に手がけるアートマネージャーのコレクティブ。

つまり、ベンチ自体が多様なキャリアを積んだアートマネージャーの集まりである。YAUでは舞台芸術の稽古場である「Y-base」のコーディネートや運営などを担当している。ファーストラインではYAUやY-baseレジデント・アーティストの活動と連携しながら様々なプログラムを提供した。以下ではそれぞれのプログラムについて紹介していく。

プログラム初日の様子

稽古場見学——アーティストの実践に触れる

ファーストラインの活動の軸となったのがY-baseを利用するアーティスト(Y-baseレジデント・アーティスト等)の稽古場見学だ。期間中にY-baseを利用していたのは庭劇団ペニノ、y/n、松井周の標本室、チーム・チープロ、安住の地、山本卓卓の6組。

それぞれにタイプの異なる複数のアーティストの実践に触れられるのはYAUならではだ。レジデント・アーティストはもともと、Y-baseの利用にあたって創作プロセスの公開やワークショップの実施など、何らかのかたちで自身の活動を「開く」ことを求められていたということもあり、稽古場見学の場においてもファーストライン参加者との積極的な交流が実現していた。

とはいえ、アーティストによって作品のタイプも創作の段階も異なる稽古場の様子は千差万別である。

稽古場見学の第一弾となった庭劇団ペニノは演劇作品『笑顔の砦』海外公演に向けた最終調整の真っ最中。見学後の質疑応答は字幕の調整の大変さやコロナ禍への対応としての代役の必要性など、海外公演ならではの苦労話を聞ける貴重な機会にもなった。

庭劇団ペニノの稽古見学

y/nは新作レクチャーパフォーマンス『フロム高円寺、愛知、ブラジル』の初めての通し稽古を公開。参加者は観客として率直な意見を求められ、活発な質疑応答が行なわれていた。

「松井周の標本室」は劇作家・演出家の松井を中心とするスタディ・グループ。Y-baseではその成果発表の場である「標本空間vol.3 標本の湯♨︎」で実施する複数のワークショップの稽古が行なわれていた。

つまり、稽古場見学と言いつつ参加者は複数のワークショップを体験することになったわけだが、稽古とは言えワークショップは参加者役がいないと成立しない。アーティストにとってもこれはありがたい機会だったはずだ。

「松井周の標本室」活動紹介

リサーチベースのダンス作品を発表してきたチーム・チープロは創作のごく初期段階にある稽古場を公開。「yokai body妖怪的身体」というコンセプトや有楽町の街などについてリサーチした成果をチープロの二人が互いに共有し、意見を交わし、再び調べ物をし、体を動かし……という過程に参加者は立ち会った。作品の背後にあるアーティストの思考を目の当たりにできるのはなかなかない機会だろう。

安住の地はゴールデンウィークにストレンジシード静岡で上演するパフォーマンス作品『わたしが土に還るまで』に向けたヒアリングや稽古を複数回公開。こちらも作品の立ち上げ段階からのスタートだったが、3月末にはワークインプログレス(制作過程の作品の公開)を実施するところまで創作は進行し、稽古場を複数回見学した参加者は作品がゼロから立ち上がり形になっていく様子を目撃することになった。

安住の地のワークインプログレス会場の準備に参加

山本卓卓は5月に予定されているソロ企画の演劇公演『キャメルと塩犬』の準備にY-baseを利用。稽古場見学では山本自身の創作の指針なども披露しつつ、どのような稽古場ならば気持ちよく過ごせるかを参加者と一緒に考えたり、あるいは参加者の悩みに山本が答えたりとフランクなやりとりが交わされる場が生まれていた。

稽古場レポートの執筆——アーティストの実践を言語化する

上記の稽古場の様子の一部は参加者によるレポートとして公開が予定されている。ファーストラインの参加者は、劇場やフェスティバルのインターンやボランティアスタッフとは異なり、実務に携わるわけではない。

つまり、何らかの「やらなければならないこと」や「向かうべき方向」を気にすることなく参加できる自由さがこのプログラムのポイントの一つなのだが、ほとんど唯一のタスクとして参加者に課されたのがこのレポートの執筆だ。これはアーティストの実践を言語化するための訓練であると同時に、参加者それぞれが自身の活動と改めて向き合うためのタスクでもある。

アーティストの実践を言語化することは舞台芸術制作者の最も重要なスキルの一つだ。企画・資金調達・広報と、制作の仕事のどの段階においても言葉を使ったコミュニケーションは重要になってくるからだ。

舞台芸術制作者には芸術文化と社会の橋渡しをする言葉が求められるが、それを身につける訓練の機会は意識しなければ意外なほどに少ない。

今回は稽古場見学に先立って批評家の山﨑健太(この記事の執筆者でもある)によるレクチャーが実施され、レポートの執筆後にはフィードバックも行なわれた。

書き上げた初稿を参加者が互いに読みコメントし合い、さらに講師からのフィードバックを踏まえて書き直したものが最終的な稽古場レポートとしてこのnoteにアップされるはずだ。他の参加者の稽古場レポートと自分の書いたものを読み比べ互いにコメントし合うことは、自ずと自らの興味関心や得意不得意と向き合う作業にもなっただろう。

稽古場レポートのフィードバック


レクチャー——先達の実践を聞く

期間中には芸術文化と社会をつなぐ活動をしてきた先達の話を聞く機会も設けられた。登壇者のキャリアとその実践は多種多様だ。

大阪を拠点に野外公演を行ってきた劇団維新派で制作として活動し、解散後も劇団のアーカイブ活動を継続しながら複数の芸術祭に携わってきた清水翼。

フェスティバル/トーキョーでの制作からフリーランスを経て現在はNPO法人芸術公社のメンバーとして複数の芸術祭に携わる藤井さゆり。

清水と藤井はベンチのメンバーでもある。民間企業での広告制作から芸術祭、制作会社での勤務を経て現在はロームシアター京都で広報や企画に携わる松本花音。

KYOTO EXPERIMENTで2019年までの10年間プログラムディレクターを務め、ロームシアター京都での勤務を経て現在はベルリン芸術祭のチーフドラマトゥルクを務める橋本裕介。

そしてよりファーストラインの参加者に年齢が近い若手アートマネージャーとして金井美希、柴田聡子、谷陽歩。

クローズドな場ならではの突っ込んだやりとりも行なわれ、参加者はアートマネージャーという仕事について、より具体的なイメージや将来の活動へのヒントを得られたのではないだろうか。

松本花音(ロームシアター京都)レクチャー
橋本裕介(ベルリン芸術祭)レクチャー

関連イベントへの参加——実践の場で交流する

ファーストラインの参加者はトークシリーズ「YAU SALON」をはじめ、YAUで行なわれた様々な関連イベントにも参加することができる。場合によってはサポートとして現場に入り、イベントの運営を学ぶとともに関係者との交流を深めることも可能だ。

加えて、様々な芸術関係者やビジネス関係者が常に出入りしているYAUのコ・ワーキングスペースも利用できる。イベント以外の時間も関係者との交流が可能なYAUは、参加者にとってまさに「出会い」の可能性に開かれた場所となっていたはずだ。

ミーティング——体験を言語化し振り返る

ファーストラインの締めくくりには振り返りのミーティングを実施。プログラムの内容を改めて振り返り共有しつつ、特に印象に残ったことや今後の展望などを書き出し発表し合う機会を設けた。

振り返りのミーティング

ファーストラインでの活動はひとまず3月で終了したが、言うまでもなく、参加者にとってはこれから何をしていくかが重要である。

参加者のなかには稽古場見学をきっかけにアーティストとの交流を深め、オフィシャルな機会以外にも稽古場に参加したり、あるいはすでにそれぞれの現場での仕事を請け負うことになったメンバーもいる。

次のステップとして「バッテリー」という舞台芸術制作者育成プログラムに参加することを決めた者もいれば、自分が本当にやりたいことは何なのかと改めて自らの将来を考えはじめた者もいる。

ファーストラインで生まれた舞台芸術関係者とのつながりにはさらなる「出会い」の可能性もあるはずだ。参加者同士の同世代のネットワークから生まれてくるものもあるだろう。

それぞれがこれからどのようなキャリアを歩んでいくかはまだまだ未知数だが、ファーストラインとYAUという場で芸術と社会をつなぐ多様な実践に触れた参加者たちが、より豊かな芸術文化の担い手として活躍する未来に期待したい。


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