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それぞれの肖像 「青海三丁目地先の肖像」2.5 architectsインタビュー

東京ビエンナーレ・公募プロジェクト「青海三丁目地先の肖像」。
建築家ユニットの2.5 architectsが東京のフロンティアである「青海三丁目地先」という臨海の埋立地の場所性を捉え、私たち一人一人に関わる問題として向き合う過程をつくるプロジェクト。

“この土地は、最終処分場として都市のゴミを一手に引き受けながら、オリンピックの会場となるはずの場所だった。一刻一刻姿を変えるこの場所で、どのような地霊(ゲニウス・ロキ)を見出すことができるだろうか。
地質学者によると、現代は奇跡的に海水面が安定している時代だという。沿岸部や埋立地に都市が発達したが、またいつ海水面が変化するかわからない。「青海三丁目地先」は、地球規模の視点から見れば刹那的な、しかし人間の視点から見れば多くの年月をかけて作り出した埋立地である。そこは都市の最前線であると同時に、最初に無くなる都市なのかもしれない。“(2.5 architects)

取材・文:渡抜 貴史、大豆生田 智、大島 有貴 
編集・撮影:大島 有貴

お二人の写真

2.5 architectsのお二人。森藤文華さん(写真右)と 葛沁芸さん(写真左)。

「地図を描く」という行為への没頭感


──上野の2k540の展示を終えて、どのような感想をお持ちですか。この地図たちは全て手描きで、びっくりしました。すごく精細で綺麗です。

森藤:学生時代から、手描きで提出物を作っていました。描くという行為の没頭感がすごく好きなんです。「その世界に入れる」という感覚はなかなか日常を過ごしている中だと難しいじゃないですか。その没頭感を保ち続けるために描いているというところもあります。

:仕事の上で、発注者であるお施主さんとのいいコミュニケーションツールになるとも思っています。竣工したときに、ただ竣工図を製本するだけではなくて、手描きの地図も添えてお渡しするんですね。大事にできる何かが手元に残るのかなと。

地図写真


森藤:2k540での展示に関して、まずこの場所は「青海三丁目地先」の現地とは離れています。ですから、展示で興味を持っていただき、現地に行く足がかりになるような、サブ展示場という意識を持ちながらつくりました。

:また、他の会場と違っていろんな人が往来する場所なので、来場者にはたまたま通りかかった方や、近隣で働いている方が圧倒的に多かったです。その点で、ターゲットを絞らずにいろんな方にアプローチできてよかったと思っています。

──そもそも「東京ビエンナーレ」にアーティストとして参加しようと思ったのはなぜですか?

森藤:「場所」に焦点を当てて問題を提起したりアート作品を出力したりするということは、私たちが今までやってきたことなのでやってみたいと思いました。そして、青海三丁目地先という埋立地の属性は「東京ビエンナーレ」に合うと思ったんです。

:東京を改めて考えるいい機会だと捉えたのです。2020年に東京オリンピックの会場ともなる埋立地を取り上げることにも意味があると思いました。

お二人会話写真


さまざまな方に
「青海三丁目地先の肖像」を描いてほしい


──現地への興味を喚起するためには、どのような工夫をされたのですか。

森藤:会場の中央には私たちが描いた地図を据え、アバターツアーで使用したコーナーをそのまま残して映像を流したり、現地から持ってきた土や植物を展示したりしました。「青海三丁目地先」の研究室、リサーチラボの中を来場者に覗いてもらうような、そんな雰囲気をつくることを心がけたんです。また、現地ツアーの参加者が書いた言葉を便箋で展示しました。

便箋写真


というのも、私たちだけではなくて、参加者の視点を入れたいと思ったんです。このプロジェクトの名称に含まれている「肖像画」とは、その被写体が歳をとったら変化していくし、どんな描き手が描くかによっても変わります。そんな風にこの青海三丁目地先という場所をさまざまな方に見て、想像してほしかった。それは、形に残らなくてもいいんです。この展示を見て、実際に行く機会を得なかった方でも頭の中で青海三丁目地先の肖像が描けるような展示会場を作れたらいいなと。

:実際に展示を始めると、逆に私たちが来場者から「肖像」を共有してもらうことで、肖像を描くという体験を頂けた。青海三丁目地先に行ったことのある方が来場され、私たちが気づかなった地点のお話してくださったり、色々と教えてもらえました。他者から体験を語ってもらうことを通して、直接見てはいない地点に想いをはせる機会を得たのです。今までにない視点からの「青海三丁目地先の肖像」ができました。展示を通して来場者と私たちで肖像の共有ができたと感じています。

現地の採取物


建築という分野を超えて


──話は変わりますが、お二人の雰囲気はとても似ていますよね。どのような経緯でユニットを組むことになったのですか。

森藤:よく人から似ていると言われますね。もともと私たちは同じ大学の建築学科の同級生です。当時から一緒に何かを作ることが多かった。2人でコンペに出してみたり、建築ではなくて洋服を一緒にデザインして撮影会をしてみたり。いろんな制作を一緒にやることがとても楽しかったんです。でも、その時は将来一緒にやるというイメージはなかったんですよね。大学卒業後、別々の事務所に勤めて、お互い事務所を退職したタイミングで自然に「じゃあ一緒にやってみる?」となった。なんというか部活のような感覚に近いかもしれない。

:そうですね。「一緒にやりましょう」となる前に、友達としての信頼関係があって、そこからスタートしているのが大きいですね。

葛さん写真


──建築家として女性2人でユニットを組む上で、仕事上苦労もあるのではないかと推察されますが、いかがですか。建築業界は男性社会のイメージがあります。

森藤:確かに業界的にはまだまだ男性社会かな。ただ、私たちは建築家ではあるんだけれども、「建築」という分野を広げる仕事をしていると思っているんです。今回の「東京ビエンナーレ」にアーティストとして参加するような活動を見て、魅力に思ってくださる方が、仕事のご依頼をしてくださります。

:逆に、時代の流れ的に「女性だから」とお声かけいただくことが増えている側面もあって。私たち2人だとコミュニケーションがとりやすいからお願いしたいというお声もありますね。


人の感覚やイメージを通して
「ゲニウス・ロキ」が立ち上がる


──たしかにお二人はとても話しやすい雰囲気です。プロジェクトの紹介文の中で「一刻一刻姿を変えるこの場所で、どのような地霊(ゲニウス・ロキ)を見出すことができるだろうか」という一文があり、私たちは「ゲニウス・ロキ(地霊)」という言葉に注目しました。これに関して、プロジェクト中に何か見出すことはできましたか。

森藤:この青海三丁目地先は「過渡期」の段階だと感じています。私たちはゲニウス・ロキはその土地に行く人がいないと立ち上がらないと考えているんです。東京の人がだんだんこの土地を知ってきて、それぞれの想いをもってはじめて、感覚や土地のイメージが根づいていくのではないでしょうか。これからなのではないかなと思います。

:また、この土地そのものを私たち人間がつくっている点をおもしろく感じます。埋立地という性質上、まずは人の手によって物理的に作り出された。そして、ゴミの埋立地という視点から見ると、現在の東京に住んでいる人たちの生活の残滓が、この土地の地霊をつくり出しているともいえます。ほかの土地のように文化活動が地霊を立ち上げたわけではないですが、私たちの生活の痕跡が地霊をつくっているのは事実。そこから人の感覚やイメージをどうのせていけばいいのか。そのような「まだ何ものでもない土地」から地霊をとらえたいなと思いました。

会場大きい地図写真


モノの「周縁」に想いをはせる


──あまり一般の人には知られていないですが、青海三丁目地先はゴミの最終処分場として都市のゴミを一手に引き受ける土地なんですよね。その点についてはプロジェクトを通してどのように考えましたか。

森藤:まず人は全然いないのに、モノで溢れかえっているなと。そして、この島自体がしっかりと管理されている印象をもちました。東京都の土地なのに外から入ってくる人はウェルカムじゃない。環境局の車が島内を巡回し、監視カメラもあちらこちらにあります。初めて6月に実施した中央防波堤外側のツアーでは、許可された場所からしか撮影できませんでした。ゴミの背景は、複雑な事情が絡みあい、伝えることが難しいと感じましたね。

:この土地を見て思うのは、徹底的にゴミが「非可視化」されているということです。日本の埋め立て技術や焼却技術が進んでいるからという理由もあるのですが、私たちの目からゴミが見えないようにされている。パッと見た感じは綺麗に感じるのですが、背景を色々と知ると土を踏みしめたときに今自分の足の下にはゴミが眠っていて、それが自分たちの出したゴミなんだなという実感がわいてきます。

森藤:私はモノの「周縁」と呼んでいるのですが、例えば、私たちが食べる鶏肉はスーパーなどではパックで売られています。ニワトリをさばくところを見ているわけではありません。そのパックも捨てたら終わり。生活の中では自分に関係あるところのタームしか見えない。その前後の経路、つまり「周縁」のイメージを膨らませることが、とても大事だと思うのです。それがこの土地を考える上でキーになると思っていて。生活の見えていない部分にすこし思いをはせる。そのことがゴミが確かにここで処理されている、見えないけれどもここにあるという実感につながるのではないでしょうか。

森藤さん写真


青海三丁目地先の肖像クラブをつくって、
仲間を増やしていきたい


──改めて今回の「青海三丁目地先の肖像」のプロジェクト全体を振り返って、いかがでしたか?

森藤:始まった当初から、プロジェクト全体を小難しくしないことを大切にしていました。アート作品として、しっかり作りこんで作品としての強さを見せるというよりは、この島自体に興味のない人でも入ってきやすいアウトプットを意識して目指したんです。そして、それは達成できたんじゃないかなと考えています。

──今後のお二人の活動はどのように変化していくと思いますか。

森藤:数年単位で青海三丁目地先には関わり続けていく気はするんですが、東京ビエンナーレ終了後は活動の密度は変わっていくと思います。また、「青海三丁目地先の肖像クラブ」をつくって仲間を増やしながら、経過を見ていけたら楽しそうだなと思います。もしかすると、今回のプロジェクトのゴールはそういった仲間を見つけることだったのかもしれません。「草の根活動」ではないですが、管理して生成されていく土地で、私たちは蟻のように歩みながらその土地を楽しんだり変化を知ったりする。ある意味で、それが人と人が繋がる力になっていくのではないか。この土地と付き合っていく一つの方法になると思っています。

:まだ具体化していないのですが、私たちが記録してきたことをまとめて冊子にしたいなと思っています。その時にみなさんからこの土地の情報を提供いただければうれしいです。

──今回プロジェクトは終わりますが、お二人の夏休みはいつ取られるのですか?

森藤:これが夏休みみたいなものですかね(笑)。
:私たちの夏休みの「自由研究」。そんな楽しいプロジェクトでした。

インタビュー中写真

2.5 architectsのお二人、お話ありがとうございました!


#25architects #東京ビエンナーレ #青海 #建築