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佐藤直樹インタビュー「そこで生えている 2013-2021」展示を支えた見えざる手

おそらく佐藤直樹の《そこで生えている》を知るだれもが、この展示を待ち望んでいた。

もちろん私もその一人だ。200 メートルを超える絵画作品を街中でどうやって展示するのだろうか。

若い「市民」が新たな鑑賞者となり、作品展示をも支えた。会場となった私立正則学園の先生と生徒である。

「会場の正則学園が決まったのは、わりと最後だった。単純にほっとした。こんな都心の6~7 階建ての高校は自分の概念にはなかった」。体育館ではなく、教室が並ぶ6階が自分の会場であると聞いたとき、佐藤はどうやって展示しようかと思いを巡らせたという。学校の日常の空間に作品がむきだしであるのはよくない、展示を見に来てくれる人には良い状態で見せたい。悩んだあげく「真っ暗にできますかね?」と相談した。「お化け屋敷もやって
ますからできますよ」と先生は請け合い、終業式の後、先生の指示のもと生徒全員でいっせいに窓をふさぎはじめたという。

佐藤には衝撃だった。自分が高校生の時の、教師と生徒の関係とは全く異なっていたからだ。当時はいかに早く教師との関係から解き放たれるかということしか考えていなかったという。高校2年のとき退学したくていろいろ試みたが失敗に終わり、不本意ながら卒業してしまった。

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正則学園の高校生は、佐藤の Web サイトをスマホで検索したり、「本を出していますよね?」と話しかけてきたりしたという。自分の作品が若い世代に与える影響を目の当たりにした。

一方、先生や生徒も、自分たちの日常に芸術祭が持ち込まれ、その設営に立ち会う経験を得た。加えて、会期中に学校説明会が開催されたため、見学に来た中学生とその保護者も展示鑑賞に訪れた。さぞかしびっくりしただろう。学校見学に来たら、真っ暗な部屋に木炭画が延々と続いていたからだ。まさに想定外の経験に、「すごかった」と素直な感想を述べる中学生。佐藤の作品から、学校の懐の深さを感じとり、正則学園を目指す気持ちが高まれば佐藤も本望であろう。

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芸術祭には想定外がつきものだが、次の世代につながる想定外は大きな収穫である。中学生、高校生の鑑賞者の中から、将来のアーティストが生まれ、日本のアートシーンを牽引していくかもしれない。

私は日本ではアートの鑑賞者が一部の愛好者に限定されているように感じている。アートプロジェクトは地域の市民や興味のある人のみが参加し、ギャラリーやオークションには、資金力がある人のみが集っているように見える。「日本のアート、アーティストにとってどのような状況が望ましく、大学や企業はそのために何をすべきか?」と経験豊富な佐藤に問うてみた。

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正解はないといいつつ、美大教授らしい歴史観や自身の経験にもとづく見通しを聞くことができた。《そこで生えている》とは別の木炭画《植物立像》を何枚も購入したのは、海外のコレクターだったという。高さ 180 センチの立像を何枚も飾れるスペースがあるのは、欧米の家屋である。欧米の階級社会を成り立たせるためのアートの歴史とは異なる道のりで日本のそれは発展を遂げるだろうとのことだった。

日本のビジネスマンがにわかに西洋美術史を学んでも、常に欧米の後塵を拝するのはやむをえない。「しかし、そういった取り組みがあちこちで起こるようになったほうが、アートの体力が付く。アートを巡って考えることを 10 年も続けていると、みんなの感覚がついてきて議論が生まれるだろう」。相当楽観しているという。私は正直な感想として、10 年もかかるのか、と思った。今から自分に何ができるかを考える、きっかけをもらった。

「自分たちや上の世代より、20~30 代がアートに興味を持っている」。美大で 20 代の学生と接している佐藤は、今回の展示で 10 代の市民と交流をもった。東京ビエンナーレの会期を終えた「そこで生えている」は、250 メートルを超えた。次の展示はいつ、どこで、だれと? 想定外の鑑賞者が増えていく予感がする。

取材・文・撮影:佐藤久美

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