見出し画像

どうにも恋愛は難しい

元彼に会った。
飛行機に乗り、海を越え大陸を渡り、彼は会いにきてくれた。

彼と付き合っていた時間は最高で最悪だった。あの頃、私は人生で一番泣いていた。私たちは二人で色々なことをした。お互いに初めて一緒に住んだ人だった。高い旅館にも泊まったし、激安のラブホテルにも行ってみた。週末には何軒も飲み屋を梯子してみたり、恋人とディズニーデートなんてのもやってみた。お互い感情表現は不器用だったけれど、彼は私を好いてくれていると感じていた。私も彼が大好きだった。しょっちゅう喧嘩もした。もう別れると何度も揉めた。大声で言い合いもしたし、物を投げ合ったこともあった。それでも私は彼のことが好きだった。

でも彼は違った。私だけじゃなかった。
私と付き合う前から彼には浮気癖があった。私と付き合う以前は同時に何人かと付き合っていたことも知っていた。私だけを見てくれる人じゃないのはわかっていた。それでも大丈夫だと、たかを括っていた。理解していたつもりだった。
いや、内心では私なら大丈夫、私が相手なら、彼は私だけにしてくれるかも、と期待していた。でも違った。ただの思い上がりだ。彼にとって私は、今までの彼にとっての、取るに足らない大勢の女のうちの一人に過ぎなかった。彼が私に好きだと言っていた影には常に他の子の存在があった。皮肉にも、私は彼の隠しごとにすぐに気づいてしまう女だった。勘が鋭い自分を何度も恨んだ。そんな私に、彼は何度も同じ言葉を繰り返した。「本気なのはあなただけ、あなただけは特別、他の人はどうでもいい、ただの遊び相手なんだ」と。口癖のように彼から垂れ流される言い訳とごめんの言葉を私は聞き飽きていた。それでも離れることができなかったのは私の弱さだ。

時が経つにつれ、私たちを取り巻く環境は変わり、お互いの生活拠点も別々になって簡単に会える距離でもなくなって、私たちはようやく別れるという決断を下した。別れてから私は、自分の浅はかさを痛感した。一緒に住んだ街、一緒に旅行した土地、一緒に見た映画、一緒に買ったもの、彼の好きなもの嫌いなもの、外に出ても家にいても、数えきれない彼との記憶が至る所に残っていた。私たちは共にした時間が長過ぎた。何をするにもどこに行くにも彼の残像は私について回った。彼はもういないのに、私はもう彼の過去に成り下がったのに、私は彼が忘れられなかった。
早く別れていたらよかった。最初に彼が私に嘘をついたあのとき、彼の帰りが遅かったあの日、その違和感に目を背けず、その時どんなに傷ついていたとしても、私はあそこで終わりにするべきだったんだ。長い時間を使い果して別れてから、私は大いに後悔した。

彼は今でも私を好きだと言ってくれる。いまだに、特別なのはあなただけだ、と彼は言う。私は騙されない。これに絆されては都合のいい女にも程がある。喜んではダメだ。きっと私以外にも言っているんだから。いや、絶対に。私だけのはずはないのだ。今までだってそうだっただろ。騙されるな。誘惑に負けるな。そう、強く心に言い聞かす。

そんな彼が現れた。
飛行機に乗り、海を越え大陸を渡り、彼は私だけに会いにきてくれた。
そして私は彼に会ってしまった。この時点で私の負けだ。彼の言葉に絆されたのだ。わかっている。でも忘れられなかった。
彼の声も、笑い方も、匂いも、タバコの吸い方も、機嫌がいいときの仕草も、機嫌が悪いときの話し方も、彼の全てが恋しかった。

こうして私はまた過ちを繰り返す。どうにも恋愛というものは難しい。

また傷つくのはわかっている。きっと今回も期待をしては応えられることのない繰り返しだ。ただ、私はそれでもいいのだ。誘惑に負けても、何度泣いても、私はいま、私が一緒にいたい人と時間を共にしたい。そう思ったから。

こんな私もいつかは幸せになれるだろうか。

彼は帰った。
久しぶりに会った彼は変わっていなかった。私を優しく見つめるあの目も、静かに頷きながら話を聞いてくれる姿も、少しうるさいいびきも、私が好きな彼のままだった。このまま楽しかった思い出として終わらせよう。傷つく前に、いい思い出として記憶に終うんだ。そう思いながら私は帰り際に彼が言った「また今度」をいま待ち侘びている。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?