【ゲームクロニクル】賛否別れたラストオブアス2がなぜゲーム史に残るのか

はじめに

 ゲームクロニクルとは、筆者が思う歴史に名を遺すゲームをその理由とともに解説、考察していく企画である。今回はラストオブアス2。
 賛否両論だったラストオブアス2から2年経ち、ラストオブアスのリメイクが発売(9/2)されようとしている。この記事では、ラストオブアス2がなぜ賛否両論だったか、1との比較、ディレクターの生い立ちなどから考察していく。そして、最後にはラストオブアス2がいかにゲーム史においてとんでもないことをやってしまったかを語りたいと思う。既プレイ者対象なのでストーリーの説明などは省くし、ネタバレするので注意してほしい。長いので、時間がない方は最後の章だけみてくれても構わない。

ラストオブアスのコアにあるもの

2013年に発売されたラストオブアス1は間違いなく神ゲーだった。少なくとも当時、「PS3 ゲーム おすすめ」と調べれば様々なサイト(当時は2chのまとめサイトが多かった印象がある)でその名をあげられていたように思う。最新機種のグラフィックを堪能するライトなゲーマーにも、骨太なゲームをやりたいコアなゲーマーにも受け入れられやすかったと思う。
 ゲームというものの成り立ちを考えると、ある形をもった世界観(物語や、設定、コンセプトなど様々な概念が内包されている)が宙に存在し、それに対してゲームクリエイターが「光」を当てることで、ゲームシステムという「影」が生まれる。その陰を我々は見ているようなものだ。時には「影」の形を理想にするために世界観の形を変えたりもする。ラストオブアスでは、この世界観部分のすばらしさはもちろん、その光の当て方も秀逸だった。
 このラストオブアスの制作においてコアにあるアイデアは、おそらく「映画をプレイさせる」ということだろう。その要求に応えるには十分な人間ドラマがまず必要だ。それは勿論クリアしている。そして、映画をプレイする、をゲームシステムに落とし込むわけだが、絶対絶命の中サバイバルしなければならない状況をうまく反映したシステム、ステージギミック、キャラクターに感情移入できる程度にさりげないQTE(ムービー中にボタンを押すシステム)、飽きを越させない緩急をもったステージ構成、などなど、本作がとんでもないクオリティで映画をプレイする、ということをシステムに落とし込んでいたのは間違いない。
 半面、その詩的でありつつも淡泊なストーリーテリングにはまれなかった人は面白くなかっただろう。最後の1シーンなどは、まさしく文学的だが、エンタメ作品に慣れた人からすると、もっとすっきりとした感動が欲しいと感じてしまったのではないだろうか。
 しかしながら、このラストオブアス1では、うまく「エンタメ性」「作品性」のバランスをとっていたように思う。このバランス感覚は非常に素晴らしい。特筆すべきは、「敵はどこまでいっても敵」という解釈だ。どれだけストーリーが進もうが、敵は悪者だし、自分のプレイで倒したとしても、血などの表現に慣れていれば、マリオでいうクリボーを倒した程度の爽快感しか沸かない。(勿論マリオよりかはリアルだが、概念的な話である。)
 厳しい状況を敵を倒して打開し、エリーのために耐えて生き抜く。そうやって映画をプレイしていった最後に、じんわりと、胸に残るラストを与えてくれる。すなわちラストオブアス1は神ゲーであったのだ。
 余談だが、このストーリーを解剖すると、「毒親体験物語」であることがわかるが、それはまた別の記事で。

賛否両論のラストオブアス2

 ラストオブアス2は発売前、相当に期待されていたように思う。いや、自分の期待が大きかったというべきか。その分、賛否両論の声が大きかったことも印象的だ。それはおそらく序盤、ジョエルが殺されてしまう点、復讐相手のアビーもプレイすることになる点、ゲームシステム含め、人を殺す、ということがかなりエグく心をえぐってくる点が挙げられるだろう。正直筆者としては、復讐の物語と触れ込まれ、キャスト陣のコメント等からもジョエルが殺されるくいらいは正直予想できてはいた。もちろん、心に傷を付けられたのは間違いない。しかし、それでも、筆者はこのゲームをゲーム史に残る偉大な一本であることをここに記しておきたい。物語の解説も含めて述べようと思うので、また少し長くなる。
 映画をプレイする、というコンセプトはおそらく変わっていない。そして、サバイバルアクションとしてのゲーム部分の面白さは明らかに前作より、必要最低限(あえて最低限にしている)ブラシュアップされていることは明白だ。しかし、本作はプレイすることで意図的にプレイヤーの心を傷つけようとしている。凄惨なジョエル殺害シーンは勿論、敵には一人一人犬にまで名前がつけられており、単純に敵を倒すだけで罪悪感が生まれる。その上、復讐相手の仲間を殺すQTEが入り、自分が殺した、という実感を残虐なシーンとともに体験させられる。しかし、それらはすべて、エリーの心とリンクしている。エリーが傷つくとき、プレイヤーもまた傷付いている。傷つくが故に、復讐を遂げればすべてが終わると信じて、ゲーム=物語を進めていく。
 と思いきや、その傷を抱えたまま、プレイヤーはアビーを操作させられる。こいつを殺せばすべてが終わる、この苦しみが終わる、物語は終わってくれる、その願いはこのアビー編が始まることで不可能であることを悟らされる。そして、アビー編でみせられるものは、「復讐を遂げてしまったエリーのその後」だ。驚くほどアビーとエリーの境遇は似ている。ジョエルに父親を殺されたアビーはジョエルへの復讐を誓う。ここで1のラストで殺してしまった医者がアビーの父親だったということもわかる。そして、復讐を遂げた結果、自分もまた復讐の対象となってしまうことも語られる。
 このアビーの物語を通じて、エリーがやろうとしていることは一体どういうことなのか、それを見せつけられるのだ。ゆえにエリーが一人、また一人と復讐相手を殺していくたびに、罪悪感だけでなく、傷ついた心のために生きるエリーに、憐みの気持ちを抱き始める。(そしてそれはまた、ジョエルも同じだったということはあえておまけ程度に記しておく)


ラストオブアス2が本当にやりたかったこと

 物語終盤、ついにジョエルを殺した張本人であるアビーと対峙する。エリーにも仲間がいるが、その仲間の一人もアビーに殺される。しかし、アビーにも新しく守るべき存在レヴを得ていた。勿論その物語もプレイヤーは体験している。このときプレイヤーはアビーを操作してエリーと戦う。エリーに勝利するも、守るものを得たアビーは、エリーとディーナ(とトミー)を見逃す。
 そして束の間の幸せな時間を過ごすシーンへと移るが、これではエリーの心=プレイヤーの心は晴れない。そして、再び復讐のためアビーに会いに行くことを決める。そして、壮絶な戦いの末、復讐を今まさに遂げるというところで、エリーの頭に一瞬浮かぶジョエルの姿。結局エリーは復讐を遂げず、アビーとレヴを見逃す。(ここの霧の海へとこぎだすアビーとレヴ、そして海辺に取り残されるエリーの姿を映すカットも素晴らしい。なんとなく、遠藤周作の小説、沈黙も意識させる。キリスト教的な文脈な気はしている。)
 ラストシーン、ディーナと暮らしていた家へ帰るエリー。家族となったディーナはもういない。だが、そこにはジョエルのギターがあった。ジョエルとの最後のシーンを思い出すエリー。1のラストで起こったことを許せないでいるエリー。それでもなんとか許したいと思っている、と告げる。ジョエルは、それでいい、とだけ。
 この、それでいい、という言葉がこの作品のすべてだ。心に傷を負い、復讐を誓うも遂げられず、平穏な暮らしも送れない。かといって復讐相手を許すことも許さないこともできない。そんな痛みを抱えて生きなければならない。しかし、それでいい。
 その一言がプレイヤーに刺されば、このゲームは十分だ。
  ラストオブアス2は明らかにプレイヤーを傷つける。そうやってデザインされている。そして、最後の最後でジョエルの一言に心が安らぐ。プレイヤーが傷ついているのは、決してジョエルが殺されたり、復讐相手を殺してしまったり、それだけではない。元々傷ついているのだ。それを忘れているだけ。傷ついた分、最後にそんな人生をそれでいい、と一言肯定される。復讐を題材にして、痛みと赦し、それをプレイヤーに与える。それがこのゲームがやりたかったことに違いない。

ラストオブアス2がゲーム史に残るワケ

 ここまで語ればほとんど述べる必要はないかと思うが、最後にこのゲームがやってのけたことを述べる。
 前述した通り、このゲームはプレイヤーを傷つけ、最後の一言を確実に心に刺すために作られている。セリフの細かい部分は覚えていなくとも、最後までプレイすれば、人生に何かの足しになっているはずだ。こんなことを娯楽であるゲームでやってしまえば、それは賛否両論になるに決まっている。
 しかし、長い目でみればこのラストオブアス2がやったことはゲーム史における非常に大きな一歩だ。もちろん、ストーリーが文学的なゲーム、何かをプレイヤーに残そうとしているゲームは他にもある。ラストオブアス2は、ゲームシステムから何から、すべてがそのために存在しているという点が素晴らしい。敵を倒す部分くらい爽快感を出せばいいではないか。なぜここまで敵を倒すだけで辛くさせるのか。なぜ復讐相手を殺していく度にここまで傷付けられるのか。それはゲームのすべてが物語のために存在しているからだ。ラストオブアス2はゲームである前に一個の作品となってしまったのである。
 大げさだが、筆者はゲームは映画の次の総合芸術に成り得ると考えている。それをかなりのクオリティでやってのけたラストオブアス2は確実にゲーム史に残る1本ではないだろうか。
 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?