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[ Decode:Art ] 洗礼者 聖ヨハネ

 本件は前回の記事『芸術に秘せられた魔法』から続く記事です。前回は芸術作品にどのような魔法がかけてあるのかをご説明申し上げました。そもそも魔法と言っても、その知識は専門の学校で習えるもの。パスの「根源や深淵」については別ですが「表面的な仕組み」は誰でも理解可能です。

 ただし、『受胎告知と聖杯』で述べたような「特別な魔術師」が描いた作品は別です。現代の我々の頭で考えても不可解な技術が見え隠れする作品ですので一筋縄ではゆきません。

本件でお伝えする絵画も、そんな作品の中の一つです。


Decode

『洗礼者 聖ヨハネ』レオナルド・ダ・ヴィンチ

 では前回の記事『芸術に秘せられた魔法』でお伝えした知識を元に作者が見せたいものをDecodeしてゆきましょう。ですが、このままではさっぱり分かりませんので、わたくしが現代の魔法をかけ古き智慧を呼び覚まします。


中心・視線・指線

 誰がどう見ても中心のヨハネに釘付けになりますが、中心・視線・指線の魔法と共に見れば、ただ単に人物が中心に描かれているから釘付けになる訳ではないと分かります。キャンバスに対して完璧な「比率・位置・サイズ」で描かれているからこそ、強烈に引きつけられるのです。

 中心の効果は言わずもがな、背景を暗闇にすることで四隅の引力を完全に打ち消し、より中心に注意が集まります。

 視線はどうでしょう?どこを見ていますか?この効果は?では現実世界の自分に置き換え考えてください。街を歩いている時、誰かがあなたを見ています。気になって見かえしますよね?それと同じです。ヨハネの視線は見る者を真っ直ぐ見据えます。故に引きつけられます。

 次は指線と行きたいところですが、第一関節・第二関節は中心エリアから飛び出しておりますでしょ?額・両目・肩・肘・手首・親指と完璧なのに、指線としても大切な指先が四隅のエリアに外れています。背景にぼんやりと描かれた十字架を示しているとおっしゃる人もおりますが、その大切な十字架は全てのパスの外に置かれておりますのであまり重要ではありません。重要なのは指先が示すもの。ただその前に視点の動きについて捕捉しておきます。


明暗・遠近

 人の目が釣られる主な要因については前回述べました。本件ではもう二つ述べます。まず一つ目は「明暗」です。人の視点は暗いところより明るいところへ引きつけられます。二つ目。「遠近」です。遠いものより近いものに視点は引きつけられます。これらを踏まえもう一度ヨハネを見てみましょう。

 明暗により視点は中心のヨハネに集まります。そのヨハネの中で最も注意を引く部位は「目」。つまり視点は顔へ移動します。「遠近」で言うとヨハネの顔は「遠く」にあり、視点は遠くより近くに引きつけられますので、顔から肩、肘、手首、手と順に「近く」へ移動します。

 では実際そのように視点を動かして下さい。目から手まで移動した時、指先が上を向いているからといって最背面の最暗部にある十字架へ視線が移動しますか?それよりもヨハネの目の方が引力が強いのではないでしょうか?それもそのはずなんですよ。ヨハネの目には魔法がかけてありますから。


魔女の解読

 これまでに述べたことから、この絵画の重要なポイントは、「目」と「指」であると言えます。しかし、ヨハネ以外のオブジェクトは何も見当たりません。印象的な「目」と「指」を用いて何を示しているのでしょうか?

ではDecodeしてみましょう。

 ヨハネの右目、親指、人差し指は横一列に並んでいます。直線上に3つの点が並び生じるもの、それは「比」です。そして「」というものは「円周率」と同じく密儀の話。つまりこの絵に隠された秘密とは「」であるということ。

 その視点で見たなら、親指と人差し指はとても大切な役割を果たしています。なぜかと申しますと、何にでも言えることですが「比」を計るには「基準」が必要です。簡単に言えば物差し。「ここからここまでが1ですよ」という基準が無ければ比は計れません。

では洗礼者 聖ヨハネが伝える比を見てみましょう。

1.618 = Φ
2.618 = Φ²
4.236 = Φ³
  • 「親指と人差し指の間」が「1」であり「基準」です。

  • 「人差し指の付け根から指先」までの長さは「Φ」です。

  • 「親指と人差し指の間」と「人差し指の付け根から指先」、二つを合わせた長さは「Φ²」です。

  • 親指から左目までの長さは「Φ³」です。

 少々見づらくなりますが、この絵画の比の仕組みは以下の通り。

「目」と「指」の大切さが見えましたか?

え〜〜〜?!?! これだけじゃ信じられないですって?

 んじゃ疑り深いあなたのためにもう一つ追加しちゃうわ〜。以下の絵画は『バッカス』ってなってるけど、元のダヴィンチの素描は『洗礼者ヨハネ』。後に塗りなおされ「バッカス」になっちゃったものです。あとね、余談ですけど象徴的には「ヨハネ」って二人いるのよ。「洗礼者ヨハネ」と「福音史家ヨハネ」の二人。覚えておいてね。

 さて、話を戻しダヴィンチが描いたもう一つのヨハネ。見るものを直視し「ここを見ろ」と指をさし示してくれています。読み取れるか読み取れないかは読み手の知識と見方次第。魔術師は"この世にこれしかないもの"を正確に伝えますから、ヨハネが伝えるものも当然そういうものです。

『Bacchus』or 『Saint John the Baptist』

 示すものはいつも同じ。現代の魔法をかければ一目瞭然。

信じてもらえたかしら?


まとめ

 描きながら描かずに伝える。見せながら見せずに伝える。魔術師の視点というものは、いつの時代もこういうものであり「普遍」です。永遠普遍の理を伝えるのですから変わりません。違いと言えば「象徴の仕方」、つまり「見せ方」の違いくらいなもの。

 故に『智慧の初め』マガジンで綴った「根本的な理」を理解し、神話、経典、遺跡、遺物などで「どう象徴しているか?」を学べば、自ずと現代の象徴も読み解けます。

古代から伝わる「智慧」は、いつの時代も変わりませんから。

『Notre-Dame』 & 『Crucifixion』: Salvador Dalí

ノートルダムの「見えない立体十字架」が見えますか?
「見えない十字」と「2本の柱」と「ヤコブの梯子」が見えますか?


 見えないものを無理に見ようとするのではなく、見えない自分を見えるよう成長させることの方が大切です。無理に見てあれやこれやと結論を出しても"無理に見たなり"の答えしか出ませんし"無理に見たなりの精度"です。

 何事も一歩一歩コツコツと。時間がかかるのは当たり前。近道なんてないのですから。

As above So me
上の如く 私も然り

I N R I
全ての自然は火によって再生される

Try to the Great Work
大いなる業を試みよ

365
毎日

 では本件はこれまでといたします。あなた様の心に洗礼者ヨハネの光が届きましたなら引き続きお付き合いをお願いいたします。


お知らせ

 来週は昔っからご要望の多いこの絵画のDecodeです。これまでに「Decode : Art」で綴ってきた知識は、現代の重要な絵画を読み解くためのもの。なぜ"たかが絵画"が重要なのかと言えば、我々の未来に関係する絵画だからです。次週は一つの答えを提示できることと思います。お楽しみに〜


本:『As above So below』

アパレル&小物:Cavalier Camp

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