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[創作]アメリアの10

 クレアはすでに部屋付きになっているリリーに連れられて自室に戻りベッドに横になる。その間でリリーは手首の応急処置をした後ベッドの横に立ってくれていた。クレアはというと、包帯の巻かれている手首を見つめる。経験上、この痛みもいつの間にか赤ちゃんのような回復力で治っている類いのものだろう。いつものことだと傷ついているけれど気にとめていない。
 ただなぜこんなにもこの包帯を見ながらため息をついているのか。それはやはりシャーリーが原因だった。彼女は自分のために歌うことはなく、誰かのために今回ならリリーのために歌を練習していた。芸能の仕事をしていたから隣に立っているメイドが抱く夢や情熱も理解している。

 クレアは自分が気まぐれにギターを聴きたいと思ってはいけなかったのか、と頭の中で考えてしまう。いや、そんなことはないと首を振った。だって今まで生きてきた中でこんなにも充実して心が弾む時間を最近は過ごしている。今までのスチュワート侯爵家の女子とは言いがたい庶民に近い感覚を持ったヘレンの孫のシャーリー、自分の夢のために屋敷を抜け出すメイドのリリー。彼女達に憧れがあるのだろうなとクレアは自分の心を理解した。
 ただ、それを欲してしまったから壊してしまった。メイドはしばらくクレアのためにギターを弾いてくれるだろうがもう外出してバンドのメンバーとしてライブのライトを浴びることはなくなり、そのメイドの門出をお祝いすると意気込んでいた女性はクレアが首を絞めたせいですぐに歌うこともなくなってしまったのだ。

「ヘレンに『しばらく誰も入ってこないで。』と報告してきなさい。」
「かしこまりました、先代様。」

リリーはクレアに恭しく挨拶をすると、クレアの部屋から退室する。

 がちゃり

 ドア一つ隔てたベッドルームにいても良く響く鍵のかかる音。そして、クレアにとっていつもの聞きなれた忌まわしい音。できるのなら、もうこのまままた時が経ってほしいなと深いため息をつきながら布団を頭から被るのだ。

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