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“心臓が右にある”チャンス大城 37億分1の奇跡を起こすも、なぜか警察に捕まる

 お茶の間の記憶に残る男としてTV出演急増中の芸人・チャンス大城(本名:大城文章)さん。そんなチャンス大城さんが自らの半生を赤裸々に語り下ろした『僕の心臓は右にある』(2022年7月刊、朝日新聞出版)から、チャンスさんと同じく“心臓が右にある”少女と37億分の1の奇跡の出会いを果たすも、なぜか警察に捕まってしまった笑えて泣けるエピソードを、一部抜粋・再編して紹介します。(写真:朝日新聞出版 写真映像部・東川哲也)

大城文章著『僕の心臓は右にある』(朝日新聞出版)
大城文章著『僕の心臓は右にある』(朝日新聞出版)

僕の一日は、床から始まります。

 玄米を炊飯器で炊いて、みそ汁にサバ缶と刻みネギを入れて、オリーブオイルで炒めた野菜を一品、しらすと納豆とバナナ・ヨーグルト。

 むちゃくちゃ健康的でしょう。

 いろいろあって、お酒をやめて、健康的な生活に切り替えたんです。

 これをみんな床の上に並べて、床に座って食べる。武田鉄矢さんのラジオ、「今朝の三枚おろし」を聴きながら食べるんです。

 一応、隣の部屋にテーブルはあるんですが、床に座って食べた方が落ちつくんです。「明石家サンタの史上最大のクリスマスプレゼントショー」でさんま師匠からもらったベッドも持っているんですけど、まだ箱から出してません。やっぱり床に布団を敷いて寝た方が落ち着くし、なんかベッドって、洋風っていうか、高級っていうか、偉そうな感じがするやないですか。

 なんで、そう思うんかな。

 やっぱり僕には、ストリートの血が流れてるんかな。

 いや、ストリートなんてかっこつけすぎやな。

 ホームレスになったことはないけど、ずっとホームレスすれすれの生活をしてきたから、地べたの方が落ち着くんかな。

 きっと僕の体の中に、路上の気分があるんだと思います。路上魂、とでも言うんでしょうか。

 いま住んでいるアパートは、2年前に借りたんです。1998年に尼崎から東京に出てきて以来、初めてのエアコンつきの部屋です。家賃は5万円。

 でも、もともとついていたエアコンは室外機が故障気味で、2階に住んでるお姉さんから「うるさい」って注意されてしまったんで、生まれて初めて新しいエアコンを買いました。8万円もしました。

 エアコンって、びっくりしますよね。

 エアコンのない風呂なしアパートの夏は、地獄でした。おととしの夏までは、水で濡らしたタオルをしぼって体を拭いていたんです。でもいまは、エアコンさえかけてれば他には何もいらないと思うほど、天国にいるみたいな気分です。極楽です。

 だから、エアコンかけてると欲望がなくなる気もしますよね。

そういえば、前に住んでいた風呂なし共同トイレのアパートに、玉置ピンチ!さんが泊まりにきたことがありました。

 玉置ピンチ!さんは、僕と「右心臓800」というコンビを組んでいた先輩芸人さんなんですが、陸上の800メートル走で国体に出たことがあるんで、玉置さんが「800」。僕は先天的に内臓逆位で、心臓も右側にあって、だから「右心臓」。ふたり合わせて、「右心臓800」というわけです。

 玉置さんは、チリひとつない部屋に住んでいる、ものすごい潔癖症の人でした。

 僕はその風呂なしアパートでも床に布団を敷いて、毛布にくるまって寝ていたんですが、そこに虫がアホほどいたらしいんです。でも、尼崎のドブネズミと言われたほどの僕ですから、虫なんて全然平気でした。

 ところが、玉置さんが僕の使っていた毛布にくるまって寝ようとしたら、

「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」

 っていきなり変な呼吸を始めたんです。

「玉置さん、玉置さん? 大丈夫ですか?」

 潔癖症の玉置さんは、アナフィラキシーショックというのになってしまったんです。あんまり虫が多いから、皮膚がたまげてしまったらしい。

それで救急車を呼んだのですが、僕は玉置さんの苦しそうな呼吸を聞きながら、

「人間って、毛布かぶっただけで呼吸困難になんねんな」

 って不思議な感動に包まれていました。

 地域によるみたいですが、救急車って料金がかかることがあるんですね。玉置さんは潔癖症なんで、後で救急車代をちゃんと払ってくれました。

絵:チャンス大城

 さて、僕の心臓は右にあります。本当に右にあるんです。

 この心臓のおかげで、僕はずいぶんといろんな目に遭いました。

 伊丹の定時制高校に通っていたとき、高校の創立60周年記念行事かなんかで、風船の中に将来の夢を書いた紙を入れて飛ばすというイベントがありました。

 同級生たちは、「将来は美容師になりたい」とか「料理人になりたい」とか書いて風船に入れている。僕は夢とかじゃなくて、

「僕は心臓が右にあります。内臓が逆についてます」

 と書いて、自宅の電話番号も書いて、風船を飛ばしたのです。

 そうしたら、3日後に電話がかかってきました。かけてきたのは、8歳の女の子でした。

「もしもし、風船届いたよ。私も心臓が右なの。よかったら今度の日曜日に会いませんか。御影駅にお昼の12時」
「はい。わかりました」

 御影は阪急電鉄神戸線の駅です。

 約束の日曜日、電車で御影駅に向かいながら、

「こんな遠くまで風船飛んだんや」

 って驚きました。御影駅は僕の家がある武庫之荘駅から、五駅も離れているのです。

 御影駅について改札を出ると、「ミッキーマウスのTシャツを着た女の子」を探しました。それが約束の目印でした。

 駅前を見回すと、ミッキーマウスのTシャツを着た女の子が本当に待っていました。

「お兄ちゃん、私も心臓が右なの。お兄ちゃん、心臓さわらして」
「ええよー。ほら、ここや」
「あっ、本当だ。右に心臓がある。ドキドキしてる」
「そやろ」
「お兄ちゃん、私の心臓もさわって」

 女の子の胸に手を当てて心臓を探していたら、僕は警察につかまってしまいました。

 不安に思ったご両親がついてきていたらしく、交番に通報したんですね。

 交番に連れていかれお巡りさんに質問されました。

「ふたりは、なんで会ってんの」
「今日、初めて会ったんです」
「だから、なんで会ってんのって聞いてるんや」

 誘拐犯と間違われたみたいです。

「あのー、実は、僕は心臓が右にあって、そんで高校の60周年記念で風船にそのことを書いた紙を入れて飛ばしたら、偶然に心臓が右にあるこの子がその風船を拾ってくれて……」
「なんや、ええ話やないかい」

 お巡りさんは感動していました。

 女の子のご両親もわかってくれたらしく、

「これも何かのご縁ですね。よかったら家にご飯食べに来てください」

 と誘ってくれたのです。

 女の子の家で、神戸牛のすき焼きをご馳走になりました。

 ちなみに、右に心臓がある僕が飛ばした風船を、右に心臓がある女の子が拾う確率は、37億分の1だそうです。

 37億分の1というのは、V6の東京ドーム・コンサートで三宅君が投げたサインボールをキャッチした人が、次の公演でまた三宅君のサインボールをキャッチする確率と同じなんだそうです。

 テレビでこの話をしたときに、教えてもらいました。

絵:チャンス大城

 右に心臓があるって、どんな感じかって?

 そやなー。

 僕はルックスもよくなくて、「汚い中華料理屋の換気扇」なんて言われたこともあるぐらいだし、アマチュアのホームレスというか、芸人ですって名乗ってはいるけれど、自分になにか強烈な武器があるのかなと思うと、あんまり思いつかなくて、それがすごいコンプレックスなんですね。

 そういうパッしない自分にとって、右心臓はフックみたいなもの、名刺みたいなもんかもしれません。

 居酒屋で酒飲んでるおっちゃんが、

「チャンス大城ってお笑い芸人いるやんか」
「ああ、あの心臓が右にあるやつな」

 って、名前の次に思い出してくれるもの。

「中学の時に、サイトウっていたやんか」
「ああ、あの牛乳二秒で飲むやつな」

 っていうのと同じ。

「猫ひろしっているやんか」
「ああ、カンボジア代表でオリンピック出たやつな」

 僕の右心臓は、サイトウ君の牛乳、猫ひろしのカンボジア代表みたいなものかもしれません。

 僕はずっと、二枚目俳優とか歌舞伎役者はズルイと思っていました。だって、あの人たちは遺伝子とか血筋とか、いくら努力したって僕には越えられないものを持ってるじゃないですか。

 でも、最近気づいたんです。

「自分にも、努力せんでも持ってるもんがあったんや」

 って。

 それが、右心臓です。いくら二枚目俳優や歌舞伎役者さんが努力したって、心臓を右には移動できないですもんね。

 名前の次に思い出してもらえるものがなくてコンプレックスに思っている人がおったら、この本を読んでもらって、

「こんなやつが右心臓だけで生きて行けるんやから、自分はこれがあったら生きて行けるんちゃうか」

 なんて、感じてもらえたらいいと思うんです。


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