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大河ドラマ「鎌倉殿の13人」「どうする家康」「光る君へ」の女性キャラを網羅したゴージャスな歴史エッセイ『歴史をさわがせた女たち』の細谷正充氏による文庫解説を特別公開!

「鎌倉殿の13人」の北条政子、「どうする家康」に出てくるであろう淀君・お江・北政所、「光る君へ」の主役、紫式部や同時代人の清少納言と和泉式部……。永井路子著『歴史をさわがせた女たち』(朝日文庫)には、大河ドラマに登場する女性たちが多く登場します。大河ドラマ愛好家にとって、一家に一冊といっても過言ではない珠玉の歴史エッセイ集といえる本書の、文芸評論家・細谷正充氏による文庫解説を特別に公開します。

永井路子著『歴史をさわがせた女たち』(朝日文庫)

 今年(2022年)のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』は、源平合戦から鎌倉幕府の成立、そして幕府内の闘争を描いている。三谷幸喜の脚本は秀逸であり、鎌倉幕府の複雑な人間関係を分かりやすく見せながら、北条義時を始めとする人々の魅力を表現。大きな人気を獲得した。ドラマによって、この時代の面白さを知り、歴史書や歴史小説を購入した人も多いだろう。私も毎年、ドラマと関係ある本を積み上げてしまう。そして気づくのだ、また、永井路子の『歴史をさわがせた女たち 日本篇』が、積み上げた本の中に入っていると。

 だがそれは当然だ。本書には古代から幕末まで、33人(「巴・板額」を別々にカウントすると34人)の女性が取り上げられているのだ。『鎌倉殿の13人』の重要人物である北条政子、来年の大河ドラマ『どうする家康』に出てくるであろう淀君・お江・北政所(一豊の妻・細川ガラシヤ・亀姫も可能性あり)、再来年の大河ドラマの主役だという紫式部や同時代人の清少納言と和泉式部……。おそらく近代以前のどの時代を扱っても、本書で取り上げられている誰かが登場する。だから大河ドラマの愛好家に向けて、一家に1冊『歴史をさわがせた女たち 日本篇』と、いいたくなってしまうのだ。

 本書が現在の形に落ち着くまで、かなりの曲折がある。内容に触れる前に、まず書誌を書いておこう。「日本経済新聞」夕刊に『スーパーレディー外史』のタイトルで、1968年4月2日号から9月26日号にかけて定期連載(毎週の火曜から木曜に掲載)された。翌69年2月、持統天皇・藤原薬子・阿仏尼の3人を新たに加え、日本経済新聞社から『日本スーパーレディー物語』のタイトルで単行本が刊行される。その後、二条・橘三千代・卑弥呼・静御前の4人をさらに加え、『歴史をさわがせた女たち 日本篇』と改題し、1975年12月、文藝春秋から単行本を刊行。1978年6月には、文春文庫に入った。本書は、この文春文庫を底本としている。本が出るたびに、加筆や改稿があり、さらに文庫になった後も、新たな知見を得れば、追記という形で書き足している。歴史に対する作者の姿勢は、実に誠実なのだ。

 しかし一方で、当時の言葉や昭和の流行語は、そのまま残されている。たとえば「蜻蛉日記」を書き残したことで歴史に名を残した(名前が分からないので、この言い方は不適切かもしれない)道綱の母を、作者は「彼女が日本における『書きますわよマダム』の元祖であるからだ」という。この「書きますわよ」は、1956年の流行語。女優の森赫子の『女優』、織田作之助の未亡人・織田昭子の『マダム』、女優から医者になった河上敬子の『女だけの部屋』と、赤裸々な筆致の自伝や随筆集が相次いで出版されたことから生まれた。

 また、丹後局を「よろめきマダム」といっているが、こちらは1957年に出版された三島由紀夫の『美徳のよろめき』がベストセラーになったことから、不倫を意味する「よろめき」が流行語になる。そこから派生した幾つかの言葉の中に「よろめきマダム」があった。他にも当時の流行語などが多数使われているので、気になる言葉があったら調べてみるといいだろう。

 それはそれとして、丹後局である。私は本書で、このような女性がいたことを初めて知った。熊姫・若江薫子・松下禅尼も同様である。昔はインターネットもなく、歴史時代小説を読んで日本史に興味を持つようになっても、どんな本を読めば知識が得られるのか分からない。入門書的な新書や文庫も多くはない。そんなときに頼りになったのが、歴史時代小説家の歴史エッセイ集である。知っている作家の歴史エッセイ集を買って、いろいろ覚えたものだ。特に、永井路子は歴史エッセイ集が多く、大いにお世話になった。本を開くたびに、こんな人がいたのかと、驚いたものである。

 だが、それ以上に驚いたのが、作者の語る歴史観・人物観であった。本書でいえば、北条政子の政治的業績は何一つないと断言し、「彼女はこの義時のロボットなのだ」と喝破する。千姫の吉田御殿のご乱行という噂の裏には、やはり家康の孫である熊姫の思惑があったのではないかと推察する。山内一豊の妻の賢夫人伝説を広めたのは、夫ではないかと考える……。この一豊黒幕説などは、いわれてみればなるほど納得。いかにもありそうな話だと、感心してしまったのである。

 しかも人物に対する評価が、これまた鋭い。清少納言のところで、「紫式部には一目一目編み物をしてゆくようなたんねんさがあるが、清少納言には、ずばりとナイフで木をえぐりとる鋭さがある」という評価は、実に的確だ。このような文章が随所にあり、何度もハッとさせられる。現在では新説ではなく通説になった部分もあるが、それは逆に作者の史観の先進性を証明しているといっていい。これからどんなに歴史研究が進もうと、本書の価値は揺らぐことなく、読まれていくことだろう。

 なお、本書の他にも、『歴史をさわがせた女たち』には外国篇と庶民篇がある。併せてお勧めしておきたい。男性について知りたければ、『歴史をさわがせた夫婦たち』『にっぽん亭主五十人史』『わが千年の男たち』などがある。うん、これらの本も積み上げて、今後の大河ドラマを楽しむとしよう。

 ところで今年の9月に文藝春秋から出版された、篠綾子の『歴史をこじらせた女たち』という本をご存じだろうか。タイトルから明らかなように、本書を強く意識した歴史エッセイ集だ(ちゃんと33人になっているのが嬉しい)。この本の「はじめに」で篠は、高校3年のときに本書を手にし、「北条政子」の項で目から鱗が落ち、「遠い時代に生きた女性があまりにも鮮やかに生き生きと感じられたことに、とてつもない衝撃と感動を覚えたのです」といい、「私の受けた衝撃や感動を、別の誰かにお渡しするのはとうてい難しいのですが、それでも、過去にこういう女性がいたのか、こんなことがあったのかと興味を持っていただくことができれば、どんなにすばらしいことでしょう」と述べている。

 あらためていうが永井路子は、歴史の中の女性にスポットを当て続けてきた。三浦一族が歴史に与えた影響の大きさを明らかにしながら、北条政子の新たな人間像を描き切った『北条政子』や、戦国時代の姫君や武将の妻の役割を詳らかにした『山霧 毛利元就の妻』『姫の戦国』などは、小説でありながら、多くの人の歴史に対する意識を変えた。日本史の女性は、けして男性の陰にいる存在ではない。そのような強い想いが、多数の小説やエッセイ集に結実したのである。

 そしてその想いは、現在の女性作家に受け継がれた。このような形で“歴史をさわがせた女たち”は、語り継がれていくのだろう。そしていつの日にか、さわがせた女の1人に、永井路子自身が入るのかもしれない。だってその史観により、これほど日本の歴史をさわがせているのだから。


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