asahi Fukuhara

沖縄県那覇市生まれウチナーンチュ😘 真嘉比→安謝→大道小→真和志中→浦添高校→日大国際…

asahi Fukuhara

沖縄県那覇市生まれウチナーンチュ😘 真嘉比→安謝→大道小→真和志中→浦添高校→日大国際関係学部卒。写真活動してますぅ。27歳🔰文章書いたりも🍀 2.24県民投票🙋‍♀️🙋‍♂️読書や映画の話も📖🎬 #224写真展 まぶいぐみ実行員 @栄町 沖縄アジア国際平和芸術祭

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沖縄の“政治”を生きる若者の歩み

 2018年の春に内地の大学を卒業した私は、写真活動と琉球・沖縄史の勉強を続けるために地元那覇に戻った。卒業したてのころは、この1年どういう生活が待ち受けているのか、全く想像だにしていなかった。しかしその後「辺野古」県民投票の会のメンバーに加わり、県知事選挙では玉城デニー現沖縄県知事の青年部として活動した。まだ25歳の若いウチナーンチュの私が、どのように“沖縄の政治”に関わるようになり、この1年なにを見て、この地で歩んできたのかを振り返りたい。  私は高校まであまり沖縄の歴

    • オスプレイ墜落について - 2023年11月定例会代表質問 12月5日 -

      ○普久原朝日 議員 3.安全保障、防災行政について。  11月29日、CV22オスプレイが嘉手納基地に向けて飛行している中、屋久島沖に墜落しました。今朝の報道では、機体の胴体部分が引き揚げられ、5人の遺体が発見され、死者は6人となりました。犠牲になった方々に哀悼の意を示します。県民の反対を押し切って強硬に配備されたオスプレイが墜落し、死者が出るという痛ましい出来事に、市民県民の不安や恐怖は計り知れないものであり、即時の飛行停止が求められます。  また、事故直後からオスプレイの

      • 今朝の食糧支援活動でのこと

        今日は4月5日火曜日、牧志公園で行われている食糧支援の女性対象の日である。 女性対象の火曜日にお手伝いに行くのは久しぶりになってしまった。 順番待ちの方々へのアンケートの聞き取りをしつつ、ゆんたく話しをする。 よく来られる方のお元気そうなお顔を拝見でき、ホッとする気持ちと、食料に困っている状況にずっと置かれてしまっていることへの心苦しさとで複雑な気持ちになる。 前回も少しお話した女性の方は、「最近は少し落ち着いてきました」と打ち明けてくれた。 少ない年金で暮らしてい

        • 僕の祖父母や、叔父・叔母たちの骨は、どこに行ってしまうのだろう―2021年 慰霊の日に思う

          珍しく雨が降った慰霊の日。今年も、摩文仁の慰霊祭に参加してきました。 平和の礎には、ぼくの父方の祖父母、兄弟の名前が刻まれています。 先祖の名前が刻まれた碑の前で、手を合わせてきました。 沖縄の乗り越えてきた歴史、今に続くいのち、 そしてこれから作るべき未来について 背筋を伸ばして、会うことはできなかった祖父母と対話する時間です。 81歳になるぼくの父親は沖縄戦体験者です。 55歳も歳が離れた親子なのでよく驚かれるのですが、 父は5歳の時に両親と兄弟を失い、戦争孤児とな

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        沖縄の“政治”を生きる若者の歩み

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        • #100日後も現場に生きる朝日
          5本

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          本当は秘密にしておきたい○○を公開します

          「政治家」になるにはどうすればいいのだろうか。身内や身近に政治家の人がいればこういったノウハウや知識というのは受け継がれると思うのですが、あいにく僕にはそういった人はいませんでした。。 これまで、県知事選挙、県議会選挙、市議会議員選挙で、それぞれ候補者を応援してきた中で、なんとなく見てきていた方だとは思うのですが、実際に自分のこととなると、何から始めていいのかわかりません。そういう時に、知り合いの方から紹介いただいたのが本書です。 本書には、政治家という職業がどういうもの

          本当は秘密にしておきたい○○を公開します

          書評『ベトナム戦争と沖縄』石川文洋著

           沖縄はかつてベトナムから「悪魔の島」と呼ばれていた。沖縄戦により荒廃した土地には日本 軍に代わり、米軍が居座り続けている。本書は1960年代から現代に至る写真と言葉を通し、沖縄 の被害と加害の両方の歴史、悪魔の島を取り巻く実態へと読者をいざなう。   本書は1969年の「沖縄上空の米兵」の写真から始まる。そこから60年代から70年代のベトナ ム戦争のまざまざと写し出された有り様。燃え盛る農家の写真には、農民の生活を顧みず攻撃す る側の兵士に対し「そこまで考えない。それが戦

          書評『ベトナム戦争と沖縄』石川文洋著

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          本当なら、今日は那覇市制100周年を祝うためのイベントを開催していたはずなんですが、、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、中止になってしまいました😭 市制100周年『 #かなさなは プロジェクト』については、昨日新聞にも掲載されていましたのでぜひ覧ください🙇🏻‍♂️ 僕はこの企画で、100人のかなさなは(那覇愛)のポートレイト写真を撮ります!! (イベント再開できたら、みなさんも可愛い #かなさなは Tシャツ作りに参加して欲しいです!) 詳しいプロジェクトの内容につい

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          【#100日後も現場に生きる朝日に込める思い】

          投稿へのコメント、いいねありがとうございます😭 なかなかお返事できなくてすみません。。 あとは言ったことを着実に行動に移すのみですね!(頑張ります💦) さて、 #100日後も現場に生きる朝日 に込めた思いを説明させてください。 (某ワニ🐊のこともありつつも) 僕は「生きる」を選びました。 そして、どこでどう「生きる」か。 それは「現場」で目の前の人と向き合いながら生きる(関わる)ことかなと思います。 これまで県民投票や基地問題、香港のデモ、そして地元の栄町に至るま

          【#100日後も現場に生きる朝日に込める思い】

          【"政治"の脱専門化】始めます。

          那覇市議会選挙に向けて活動する覚悟を決めました。 僕の周りでは政治関係者はおらず、これまで、自分が政治家を目指すことになるとは1mmも考えたことがありませんでした。  大学生活を県外で過ごす中でも、沖縄で基地問題の出来事、事件や事故などが起きても現場に行くことのできないもどかしさがありました。一方で、自分の地元である那覇市の栄町では、帰省の度にまちの人びとの様子を撮影し続けてきました。  このように、写真を撮る行為を通して、自分は現場と繋がり続けてきたように思います。

          【"政治"の脱専門化】始めます。

          2.24写真展の報告と東京展延期のお知らせ

          はいさい、ぐすーよー。 いかがお過ごしでしょうか。 新型コロナウイルスの影響で会いたい人と会えなくなってしまったり、 休みたくても働かなくてはいけなかったりと、、日々一生懸命生きていることと思います。 くれぐれも、体調を崩されぬようご自愛ください。。 さて今回は、去る2月20日から同月26日に行った2.24写真展 『いま憶(おも)う私たちの県民投票』のご報告と、 今月(4月)開催予定でした東京展についてお知らせしたいと思います。 まず、2.24写真展の東京展についてで

          2.24写真展の報告と東京展延期のお知らせ

          首里城はウチナーンチュの心の拠り所 失われた魂を取り戻すための沖縄の儀礼(『AERA』2019年12月9日号寄稿文の転載)

           首里城は沖縄の人たちの魂でもあった。その焼失から1カ月近くがたつ。 人々は焼けたあとの炭を拾い集めた。まるで魂を拾い集めるように。 *   *   *  空気が白くかすむ昼すぎ。沖縄県那覇市北東部、首里城があった周辺の街を歩いていると、足元でパキパキッと乾いた音が鳴っていることに気がついた。見るとあたりには黒い塊が無数に散らばっている。  10月31日、首里城は炎に包まれた。出火から11時間ほどたち鎮火したときには、正殿、北殿、南殿などが焼失していた。ウチナーンチュ(

          首里城はウチナーンチュの心の拠り所 失われた魂を取り戻すための沖縄の儀礼(『AERA』2019年12月9日号寄稿文の転載)

          映画『ちむぐりさ 菜の花の沖縄日記』完成披露試写会と【読書ノート】

           11月11日桜坂劇場で映画『ちむぐりさ 菜の花の沖縄日記』完成披露試写会がおこなわれました。この映画は、沖縄テレビの平良いずみ監督がフリースクール珊瑚舎スコーレ(那覇市)に通う、石川県出身の坂本菜の花さんを追っかけたドキュメンタリー番組の劇場版です。菜の花さんは沖縄での3年間の体験を故郷の北陸中日新聞のコラム「菜の花の沖縄日記」に連載し、同タイトルにて今年8月に書籍化もされました。以下に、読書メモと映画の感想を書きます。 『菜の花の沖縄日記』坂本菜の花(へウレーカ 201

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          首里城が燃えていた

           今日は一日ずっと身体が重たい。いつものように目が覚めてスマホの画面を見ると、悪夢が映っていた。真っ赤な炎をあげ骨組みがはっきりとした首里城。焦げた臭いが伝わる勢いだった。受け止めることのできない出来事に気持ちが追いつかず、硬い布団の中で何度も体制を変えながら4度寝くらいした。ようやく昼になって布団から脱出し、腹ごしらえをして現場に向かった。  龍潭(りゅうたん)通りに到着した13時40分ごろ、まだ多くの人たちが放水活動の続く首里城を心配そうに眺めたいた。呆然と立ちすくむ人

          首里城が燃えていた

          【写真ルポ】辺野古新基地建設阻止集中行動「基地建設を止める奇跡の一週間」と、世代の違いについて思ったこと

          名護市辺野古キャンプ・シュワブゲート前では、4月23日から28日まで、辺野古新基地建設を阻止するべく6日間に及ぶ集中行動が行われました。 私は、5日目の4月27日の集中行動に参加しましたので、写真をいくつか紹介します。 はじめに、そもそも沖縄の基地問題についてあまり知らないよって方は以下の動画をご覧ください。7つのポイントでわかりやすくまとめられています。 1.敗戦後の事情、2.沖縄に増えた基地、3.米軍基地の機能、4.米軍基地の弊害、5.オスプレイ問題、6.普天間基地

          【写真ルポ】辺野古新基地建設阻止集中行動「基地建設を止める奇跡の一週間」と、世代の違いについて思ったこと