今日からはじめるAI文芸実践入門:AIが「学校の怪談」で繋ぐ平成と令和
はじめに
みなさん、こんにちは。メディア研究開発センターの浦川です。私は普段、自然言語処理(書き言葉から話し言葉まで、日常生活で普通にヒトが使う言葉をコンピュータで扱うこと)に関する研究開発に従事しています。これまでに、自動で記事の見出しを生成する「TSUNA」や、短歌を生成する「短歌AI」などに携わってきました。
さて、本連載では「〈言葉〉による表現を計算機とともにおこなう人へ向けて、今日から実践できる内容を紹介する」というテーマのもと、毎回異なる文章表現や技術を取り上げた記事を執筆しています。今回は「学校の怪談」を例に取り、AIを応用した怪談の創作・生成について書いていきます。
なお、これまでの「AI文芸実践入門」は以下からお読みいただけます。
なぜ、学校の怪談か
古書店での「ささやき」
12月に怪談か、と思われたかもしれません。私自身、今回のような記事を書くとは思わず、全く別の内容で原稿を進めていました。しかし、古書店で見つけたある本がきっかけで「学校の怪談」の生成に興味を持ちました。
それがこの『「学校の怪談」はささやく』です。90年代に大きなブームとなった「学校の怪談」を、伝奇、幻想文学、児童文学、教育論、民俗学、口承文芸といった多様な専門家たちが分析したテキストを収めています。
ちょうど流行っていた頃に小学生だった私(東宝映画「学校の怪談」1作目の公開時に一年生。セガサターン版のゲームもよく遊んだ)は、懐かしさからこの本を手に取り、そのままレジへと持っていきました。そして、これを読み進めていくうちに、主に次に説明する2つを理由として、AI生成をやってみようという考えが浮かびました。
大規模言語モデルのアライメントと怪談の生成
最近のAI、特にChatGPTなどの大規模言語モデル(以下、LLM)では、その生成内容がユーザにとって有害となることを避けるため、意味がない・事実と齟齬のある文章や、非道徳的なテキストを出力しないように調整がなされています。このような、利用する人間の目的や倫理に則した生成を行うためのモデルの調整を、アライメントと呼びます。
一方、怪談は「恐怖を感じる」物語である、という認識を持っている方も多いのではないでしょうか。手元の辞書(新明解国語辞典 第八版)を引いてみると、「化け物・幽霊などの出てくる気味の悪い話」とあります。「気味(の)悪い」もついでに引いてみると、「異様であったり正体不明であったりして、安易に接することに不安を感じる様子だ」とありました。怪談というものは、人間にとってある種不快な感情を抱かせるコンテンツである、といってよいでしょう。
実際、「学校の怪談」が現代の民話として取り上げられはじめる最初期の物語でも、日本刀によって死んでしまう学生が登場します(「日本の民話」シリーズ第十二巻『現代の民話』収録「怪談を作る話」)。また、最近刊行されている子供向けの怪談本でも、「ナイフでさされ、まっ赤な血にそまって死ぬ」結末の怪談話が収録されています(「令和新装版 学校の怪談大辞典」)。
ためしに、上のようなお話の生成をChatGPT(GPT-4)に頼んでみると、以下のような結果を得ました。コンテンツポリシー違反の可能性に対する警告が表示され、また実際の生成も暴力的な描写を避けることが明示されています。
このようにしてみていくと、LLMのアライメントと気味の悪い怪談の生成は、トレードオフの関係にあると言えそうです。また、必ずしも道徳的でない内容を生成する必要は、他の文芸にも同様に存在するでしょう。今回の記事を通して、これが実際の創作にどれだけ影響を与えうるか、について少しだけ考えてみたいと思います。
なお、先行事例にAIを使ったホラー小説生成としてMITの「Shelley」があります。LLM以前の取り組みですので、アライメントのようなことを懸念する必要はなかったかと想像します(残念ながら、プロジェクトサイトは閉鎖されていました)。
過去を学ぶAIと「平成レトロ」ノスタルジーの交差
先述の通り、「学校の怪談」は90年代に大きく流行しました。
実際に、朝日新聞に掲載の記事を検索してみても、93年に「幽霊の立場(窓・論説委員室から)」で「学校の怪談」の人気が以下のように語られています。
また、95年には『現代恐怖考 いまなぜホラーブーム』という見出しで『パラサイト・イヴ』や『らせん』といったホラー作品と共に「学校の怪談」が挙げられる記事が掲載されています。さらに96年、「天声人語」が『幽霊の「死活」問題』という題で「学校の怪談」ブームの背景について論じています。90年代当時、大きな社会現象となっていたことがうかがえます。
近年「平成レトロ」「Y2K」といった形で、主に広告やエンタメの領域で平成文化を扱ったものを見かける機会が多くなりました。「学校の怪談」も、90年代独特のメディア表現を纏った現象として「平成レトロ」な文章表現としての視点を与えられないか、と感じます。
この「平成レトロ」は、その表現が当時の姿そのものを反映していない点などが、しばしば賛否両論を持って迎えられているようです。
一方でChatGPTは、例えば1995年に起きた日本の出来事を正確に記憶しているように見えます。
過去に生産された大量のテキストを学習した言語モデルが、どれだけ「あの頃」の雰囲気を再現できるか、という点も見てみたいなと思います。
つくってみましょう
今回つくりたい「学校の怪談」
先ほど私は、「学校の怪談」ブームの真っ只中にいた、と書きました。自宅にも兄が買った講談社KK文庫やポプラ社の「学校の怪談」があり、それらを一人でこっそり読んでいた記憶があります。
その頃特に私が恐怖したのが、読者から寄せられた体験談や噂話を集めたコーナーです。物語として筋の通った怪談よりも、短い文章で淡々と綴られる怖い話の方が、より想像も掻き立てられ、また真実味も感じられたのです。
当時の本がないかとAmazonをいくつかみていると、私と同じようなことを言っているレビューを見つけました。
ということで、今回は短い噂話のような怪談を生成させていきたいと思います。なお、生成はOpenAIの公開するChatGPT(gpt-4)にプロンプトを与えながら行い、ファインチューニングやGPTsによる調整は行わないものとします。
手始めにいくつか
まず、「学校の怪談」に関する知識があるかを確認してみました。
正しい知識を持っているように見えます。特に、それが単なる物語のいちジャンルではなく、都市伝説・フォークロア・口承文芸として捉えられていること、また多様なメディアで取り上げられていることなど、歴史的な経緯も踏まえられているように見えます。
先に見た「短い噂話」の形式で、いくつか具体例を生成してみました。「赤いマントの怪人」は、実在する都市伝説の内容を踏まえているようです。
また、『「学校の怪談」はささやく』では難波博孝氏が怪談の分類として、以下の3つを挙げているのですが、どの生成例も確かにこの分類のいずれかに載るような噂話といえそうです。特にプロンプトの作成に苦労することもなく、「学校の怪談」が生成できました。
どこまで「気味悪く」できるか
LLMのアライメントと怪談の生成はトレードオフである、という話を先ほどしました。より過激な表現を持った例が生成できるか、試してみます。
「残酷に」「グロテスクなものを」「もっと凄惨な内容を」とお願いしてみた結果です。「首なし」「恐怖で狂う」「絞殺者」など、思ったよりがんばっているように感じます。毎回の生成の終わりにとってつけたように「実際の出来事を基にしたものではなく」といった断りが入るのが、いじらしいですね。
〈あの頃〉の学校の怪談
続いて、「学校の怪談」が流行った当時の雰囲気を持ったものを生成させてみたいと思います。
まず、流行した当時のことについて尋ねてみました。真偽については賛否がありそうですが、確かにそうだったと思えるような、もっともらしいことを言っています。
当時の時代背景を反映したものを生成してみました。いずれも、当時の不安感を抽象的に表現しているように見えます。そこで、何か具体的な当時の文化やアイテムを登場させたものを生成してみると、
このようになりました。それぞれむりやりにアイテムを登場させているようにも見えますが、確かにCD音源に入った呪いの声、というような都市伝説は当時あったな、ということを思い出します(もはや「学校の怪談」ではないですが)。
〈令和〉の学校の怪談
今度は「いま」を感じるものを登場させた怪談を生成させてみます。
VR、TikTok、スマホと、「いま」を感じられるものが登場する、でもどこか懐かしい語り口の、不思議な怪談が生成できているように思います。
特に2、3のような例は現在に語られていてもおかしくないようにも見えます(が、実際はそのようにはなっていないでしょう。「なぜそうなのか」について考えてみるのも面白そうです)。
そして4の「AIアシスタントの秘密」は、ChatGPTが自身のことを語っているようにも見え、この中では出色の出来と言ってもよいかもしれません。この例を、もう少し長めの物語として生成してみました。
いかがでしょうか。「学校の怪談」的には、もう少し暗い話というか、「AIアシスタントの指示に従うことで何か不幸な目に遭う」みたいな、テクノロジーに対する警鐘を鳴らすようなものだったり、をつい期待してしまいます。しかし、生成された内容は「AIの助けによって謎が解かれる」というポジティブなものでした。これがAIの生成によるものだからかもしれない、と考えると、少しは怖くなるでしょうか……。
おわりに
今回は『AIが「学校の怪談」で繋ぐ平成と令和』と題して、ChatGPTを用いた怪談の生成について書きました。
短い噂話のような形式で怪談を生成させながら、実際に単純なプロンプトから「学校の怪談」を生成できることを確認しました。加えて、アライメントと過激な表現のトレードオフについてごく簡単に検証し、また過去をよく知るAIとして「学校の怪談」ブーム当時の雰囲気を持った怪談の生成や、その逆に「いま」の雰囲気をもった内容の生成を行いました。最後には、うまく平成当時の「あの頃」の雰囲気を持ちながらも、令和の「いま」につながるテキストが生成できたように思います。
今日みたような生成が、単純なプロンプトによって可能となっている背景にも、過去の「学校の怪談」ブームがあるのではないかと想像します。あの頃に、さまざまなメディアで怪談が表され、それがデータとして残っているからこそ、LLMで生成が可能となっている、といえるでしょう。
本来は口承で伝えられていた「怪談」が、現代のテクノロジーで生成できるという事実の奥に、それらを記録し世間に伝えてきた人たちが、またそれらを聞きたい・読みたい・観たい、と思い続けた人間の欲求が見えてきます。
(メディア研究開発センター・浦川通)