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理塘の競馬祭(中国)2018


リタン Litang 理塘

 理塘(リタン)は四川省の中で西に位置する川蔵公路の要所。標高は富士山より高い4014mもあり世界で最も高い場所にある街の一つとされている。四川西部では最も大きな街であり、外国人にとっては何よりも夏に行われる大規模の競馬祭で知られている。この競馬祭が今回の四川のメインイベントだ。実は去年にガンゼの競馬祭を見に行こうとした。しかしガンゼの街に着くと街は物々しい厳重な警備体制となっており何かの反政府的な事件が起こったのではと思われた。そして残念なことにあろうことか競馬祭は中止となったのである。それもあって今年の理塘の競馬祭は何が何でも是非目にしないと泣くに泣けない気持ちがあった。

 理塘に来る前には塔公(標高3780m)いた。塔公まで特に体調は問題なかったのだが、理塘に来ると軽い頭痛を覚えた。標高としては200mほど理塘の方が高く、それほど大きな違いがないはずだが、どうやら軽度の高山病のようだ。まぁ高所適応にある程度の時間は必要だろうとそれほど気にはしなかった。しかしホテルに入ると衝撃的な話を聞かされ、頭痛がさらにひどくなった。

 今回は競馬祭の前日に理塘入りをした。というはずだった。 しかしホテル側の話では祭りは明日からではなく、三日後から始まるという。これには流石に参った。いきなり目の前が真っ暗になった。三日後では理塘を出る日だ。おそらく三日後のたったの午前中ぐらいしか祭りを撮影できないのではないかという圧倒的な絶望感に襲われた。去年は全くツキに見放され撮影できなかったのにまたしても今年もトラブルが。四川省の競馬祭には見放されている自分にどうしようもない無力さを感じた。祭りの前日までこの理塘でゴンパ以外に何もないのにどうやってここで過ごそうかと思案した。しかし、悩んでも仕方ないので明日にはとにかく祭り会場をのぞいてみることにしようと。きっと祭りの数日前にはチベタンは遠方から家財道具と馬を連れてやってきていてテント村を作りみんなでワイワイ楽しんでいるはずだ。彼らは離れた身内や友人との再会の場(昔は結婚相手を探す場でもあったらしい)である一年に一度のこの祭りを楽しみにしているのできっと何か面白い場面があるのではと期待するしかなかった。


ホースレース Horse Race 競馬祭

 チベットの慣習では大きい街ではだいたい夏に競馬祭が行われる。これは一週間とか長い祭りであって、祭り前後も色々楽しんでいる。遠方から馬で来る人だとトータル一か月前後は祭り会場にいることもありそうだ。きっとチベタンにとっては一年の中の一大イベントであろう。夏といってもチベット高原ではモンスーンの影響があり雨季の最中である。何も雨季の真っただ中に祭りなんかしなくても、と思うが、色々検索するとどうやら一説には豊作を祈るのが起源であったらしい。つまり収穫の秋の前の夏ということになる。別の視点でチベットの農業的な流れからみると、チンコー麦を植える春と収穫の秋は忙しいはずで、冬はどうかというと今度は馬が餌の関係で痩せて元気がないし、何より寒すぎで屋外に何日も祭りを楽しむのはいくら何でも無茶ではないかという感じがする。するとやはり夏に行われるのは必然であったのではないだろうか。

 会場に近づくとチベタンの独特の白地に黒の模様があるテントが見えてきた。そして多くの馬がテントの周りで草を食べ、普段は何もない草原に巨大な村が形成されているのがだんだんはっきりしてきた。車を降りテントに近づくと歌声が聞こえてくる。どうやら祭りのリハーサルのようだ。本番さながらの民族衣装に身を固めたチベタンが大勢テント内で踊りながら歌っているのだ。テントに入れてもらい、思いっきりそばで色々撮影できた。その後はテントの外で隣のテントからも大勢のチベタンがやってきて大集団となり大きな輪を作り歌い始めた。そうしてどんどん撮影していると、これはひょっとして見放されているんじゃなくてラッキーなんじゃないの?とだんだん思えてきた。昨日までは祭りはあまり撮影できないだろうという絶望が全身を覆っていて気力が萎えていたけど、よく考えると、どうせ本番というのは柵かロープで規制されているので、こんな至近距離で撮れることはまず無理なんじゃないかと。結局はこうやってリハの場面の方が近づけるし、他の観光客が断然少なくて撮りやすいじゃなかろうか、と昨日までの絶望が希望へと変わりつつあった。実際には雨でリハの中断とかで非常に流れが分かりにくかったのではあるが、おそらく本番よりかは撮影的には良かったのかもしれない。リハだとすべての人が民族衣装を着てないのがちょっと残念ではあるけどそれは仕方ないだろう。会場にはステージが設けられていて、全体練習はこの会場で行われるが、このステージ正面付近だけはリハでも入れないためステージから見て両翼で撮影することになった。一応警備のスタッフがいるのであまりにも近すぎると注意を受けるが、それでも本番の柵のことを思えばかなりいい状況だ。雨でリハがない時間も多かったけど、祭りの前日までは何もないどころか、祭りさながらの状況で撮影に専念することができたのである。ちょっと残念なのはリハでは競馬そのものがあまり行われなかった。これは会場に色々人いて、柵が設けてないので警備上の問題でもあるらしかった。それにしても本当に運というのはわからないものだと悟った。


祭の日

 祭りの初日。この日には踊りの行進の後に競馬があるという。案の定朝に会場に着くと柵が設けられていた。前日の日中まではできていなかったのでおそらく夕方から行ったのだろう。それにしてもこの広大な会場を柵で囲むにしても結構な労力が必要なはずなので、かなりの人員でやったのだろう。この日は雨が多い日でもあり、撮影的には難しい条件だ。踊りの方は予想した通り、距離が遠すぎて絵にはならない状況。やはりリハで撮影できたのは非常に大きかった。踊りが行われている間にただでさえ混雑の会場はさらに混雑を増して来た。柵の中は許可を受けた人のみが入れる。外国人である私には許可は下りない。柵の中のステージを眺めると結構空席が目立ちどちらかというとガラガラに近い状態。折角許可制にしているのなら、外国人でもフォトグラファーにはもう少し許可証を出した方がステージの有効活用になるのではと残念に感じた。

 この踊りの後に会場の裏手から次々と騎馬が現れてきた。その数はおそらく数百騎ほどもありそうな大軍勢。今までに見たこともないような多くの騎馬隊に会場は大興奮だ。もちろん近づくと危険なのでカメラを構えた人は恐る恐る距離を取りながら騎馬隊に近づく。軍団はサン(チベットの香草)が焚かれた所を右周りに周回し、ルンタを天に向かって投げかけ、気勢を上げている。気勢を上げるのは騎手だけでなく会場のチベタンも威勢のいい掛け声を上げている。会場は人馬と気勢にあふれまるで映画の戦さながらの状態になっていった。騎手は日本でいう指物みたいな旗をなびかせている。チベットも昔はこうやって旗をなびかせ戦に向かったのであろうか。こうやって旗を掲げ雪崩のごとく次から次にやってくるチベット軍団を見ていると旗というのは見た目的に騎馬を実際よりも多く見せ、はためくことで勢いがあるように見せる効果もありそうだ。こうやって人馬入り乱れる場面だけでも涙が出そうなほどカッコいい!馬を操れる男は実に本当にカッコいいと感じた瞬間だった。なおルンタというのは、風の馬という意味であってチベットの経文と馬が印刷された紙である。このルンタが風ではためくと読経したことと同じ意味を持つとされているチベットの独自の名物だ。よく峠とかで紙が散らかっているように見えることがあるけど、それはこのルンタであってゴミではない。(ゴミの場合も時にはあるだろうけど)


 この後に競馬が行われる。先ほど騎馬隊は競馬の前に行われる儀式的なものだったようだ。柵外のサンのところで行われたので勝手に近づいて撮影できた。これで怪我人が出ないものかちょっと疑問だけど、日本だったら絶対にロープ規制になるだろう。それに対し、競馬の方は完全に柵内で行われる。完全にはるかかなたの遠方に競馬を眺める形になる。もちろん競馬の方が先ほどのサンを回る儀式に比べ圧倒的にスピード感が違うので接触したら怪我の度合いがはるかに大きい。曲芸乗り、カタ拾いなど行われるが、基本的にステージ前で行われるので柵外で眺める一般人にはちょっと残念な状態であった。望遠どころか超望遠がないとまともに撮影はできないだろう。そしてちょうど昼頃にこの日の午前の演目が終わり、私は理塘を後にした。
 きっとチベットの男達は馬を自在に操ってこそ一人前という感じだ。何よりも馬で駆けている姿を見ていると顔が生き生きとしている!このカム地方の男はカムパと呼ばれ、男の中の男とされ、気性が荒く特に理塘は筋金入りらしい。中国のチベット侵攻に対して最後まで徹底抗戦したのも理塘のカムパといわれる。その血を受け継いでいるのだろう現在のカムパも勇ましい姿を我々に見せてくれたのだった。



 今までに競馬祭というものを今回のも入れると計2回見ている。前回は青海省の玉樹(ジェクンド)。もうかなり昔で10年ちょっと前ではないかと思う。確か玉樹の時も彼らは自分達のテントそばでリハをやっていた。おそらく理塘や玉樹のような大会場ではこのようにステージが作られその前で行進や踊りが行われるので、その関係上ある程度のリハが必要となる。それを考えるとリハ狙いで撮影というのもいいのかもしれない。小さい街ではもちろんステージもなくのどかな草競馬が行われるらしい。理塘の観客ですし詰め状態を経験すると、たとえ日程は分かりにくいだろうけど、のどかで規制がない地元民だけが集うのんびりとした競馬祭というのもいつかは見てみたいものだ。


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