はじめてのお客さんが推しのコスプレイヤーさんだった話。
生まれてから四半世紀経ってしまったが、いつから自分がオタクだったのかは分からない。
気付いたらオタクになっていた。
中学生の時の同級生が筋金入りのオタクで、地元のイベントに行って同人誌を買っていた。この時ライトノベルにハマり、自分でも作品のようなものを書きはじめた。
高校生の時には夢小説に出会い、それから今までずっと夢小説を書き続けてきた。
しかし、書くことに満足して私は同人誌を作ったことがなかった。私の主な主戦場が夢小説だったこともあり、名前変換ができない紙の本は当時あまり主流ではなかったことも理由の一つである。
そして今はネットで気軽に作品が公開できる時代。ネットで作品を公開していいねと感想をもらい、満足していたのである。もちろんそれも悪く無い。
同人誌を作るとなると当たり前だが労力もかかるし、お金もかかる。
それに自分の勝手なイメージだが、同人誌をはじめて作るのは学生さんが多いのではなかろうか。せめて二十代。三十代ではじめての同人誌、そしてはじめてのサークル参加はハードルが高すぎる。
作ってみたい気持ちはあるけど、仕事も忙しいしネットで公開もできるし別にいっか~と思っていた。
そんな私に転機が訪れた。
高校の同級生(厳密に言うと中学校の同級生だが、中学の時はそこまで交流がなかった)でずっと私のオタク活動を並走してくれていた友人が、推しイメージのアクセサリー作りに目覚めたのである。
彼女はもともとバイタリティーのある人で、しかもセンスが良い。
彼女はインテにサークルとして参加して、そこで推しイメージのアクセサリーを頒布した。
イベントは中高生の時に地元で開催されるものに行ったことはあるが、成人してからは行ったことがなかった。久しぶりに感じるイベントの雰囲気がすごく楽しかった。
そして何より友人がすごく楽しそうにしていたことがすごく印象的だった。
私も何か作りたい。そう思って同人誌作りに着手したのである。
友人と次のイベントに一緒に出よう、と約束して頑張って作った。
もともとコツコツと作業を進めることは得意で、原稿自体は余裕を持って完成させることができたが、初めてのことに挑戦することがすこぶる苦手な私。
紆余曲折を経てなんとか人生初めての同人誌を完成させた。印刷会社さん、本当にお世話になりました。
あとはイベントの開催日を待つのみ、となった時、悲劇が訪れた。
新型コロナが勃発したのである。
大型のイベントは軒並み中止。もちろん私たちが参加する予定だったインテも中止になった。
友人と相談した結果、やはり対面で売りたいと思ってイベントの復活を待ったが、コロナ終息の目処は立たず、しばらくしてから通販での頒布を決めた。
私が刷ったのはごくごく少部数だったが、ありがたいことにほとんどの在庫が捌けた。
通販で頒布できたものの、やはりイベントにサークル参加をしてみたいという気持ちは残っていた。あのお祭り気分を味わってみたい、と。
そして今年の夏インテへの参加を検討しはじめた。
できることなら友人と一緒に参加したかったが、彼女は結婚して子供が産まれたばかり。残念ながら友人と参加することはできない。
一人で参加する事は不安で、どうしようかと迷ったが、一度はやってみたいと思う気持ちは止められず、一人で参加する事を決めた。
以前は申し込みやらなんやかんやを友人が一手に引き受けてくれていたが、今回は全て自分でやらなければならない。
再びパソコンと格闘しながらなんとか申し込みを終えた。
本当にこれで大丈夫なのかマジで不安だった。サークル入場券が家に届いた時は心底ホッとした。
イベント経験のある友人たちのアドバイスを聞いて当日までに必要なものを買い揃え、ない頭を捻ってできる限り頒布物を魅力的に演出できるように頑張った。
なんてったって頒布するのは本二冊。めっちゃスペース余るやん。
色々考えた結果、作中のセリフをポップにし、それをディスプレイできるようにした。
個人的には良いディスプレイになったのではないかと思う。
どうしても一人でのイベント参加は不安で、オタク友達二人に助っ人を頼んだ。二人とも快く引き受けてくれた。だが、全員イベントに参加したことはあるものの、サークル参加の経験は無い。
一体どうなるんだろう、手伝いにきてくれた二人に嫌な思いをさせないように頑張らねば……と早めに寝たのに親戚からの電話に叩き起こされて寝不足というスタートから盛大に躓いた。不安しかねぇ。
そしてイベント当日。
なんとか寝坊することなく起床。
友人二人と合流してインテ会場へ。
予報されていた雨もなんとか持ちこたえ、会場に入ることができた。
友人二人の協力もあって大きな問題もなくスペースも設営することができた。
友人におつかいを頼み、私は一人で店番。
隣のサークルさんはツイッターで見たことのあるめっちゃ人気の絵描きさんだった。私も御本欲しいけど、隣で買いに行くのがなんか恥ずかしいな……てか私が買えるようになるまでには売り切れてそう……。
開場時間が近付いてくるとコスプレイヤーさんの姿も増え、どうしても気になって目で追ってしまう。
ちなみに、インテ参加の数日前に首を捻挫しており、振り向く度に痛かった。あまりにも痛いので湿布を貼って参加した。普通に恥ずかしい。
そしていよいよ開場。
噂に聞いた拍手をして感動する。
隣のサークルさんは開場と同時に人が殺到していた。すげぇ。
一方私はのんびりとしていた。隣のサークルさんに人が殺到するのをぼんやりと見つめていた。
せっかく作った同人誌を誰にも手に取ってもらえないことに、正直悲しい気持ちはほんの少しはあった。
だが、自分の趣味の特殊さは分かっていたので、そういうもんだよね、と思っていた。仕方のないことだとは分かっているけれど、やっぱり誰かに手に取ってもらいたい複雑なオタクゴコロ。
もっと若い時に同じ状況に陥っていたらすごく落ち込んだだろうけど、三十路を越えて朧げながらも自分が客観視できるようになって強くなった。亀の甲より年の功とはよく言ったものである。
しかし会場の雰囲気が楽しくて悲しむどころでは無い。いるだけで楽しい。
はー、次のイベントはいつにすっかな。てか次の新刊何書こ。
あんなに同人誌を作ることを戸惑っていたというのに、イベントに参加して数分後には次のイベントの算段をつけはじめている自分が面白かった。
スマホをいじりながら色々と考えていると、目の前に人影が立った。
隣のサークルさんのお客さんかな? と思って特に反応しなかったが、パッと顔を上げたと同時に比喩じゃなくて実際息が止まった。
推しがそこにいた。
正確には推しのコスプレをしたコスプレイヤーさんだ。しかしクオリティーが高過ぎて私には推しにしか見えない。
今回書いた作品のジャンルではないが、最近ハマったジャンルのキャラクターで、私もそのキャラクターで夢小説を書いてネットで公開していた。
そのキャラクターのコスプレイヤーさんが目の前にいる。
なんで? ああ、隣のサークルさんに並びに来たのか。いやー眼福眼福。と思っていたら、
「新刊ください」
と言われた。
社会人になって数年経ち、心理的にパニックになることはほとんどなくなったが、久しぶりに頭が真っ白になった。
しかしなんとかフリーズした頭に再起動をかけ、会計をして新刊をお渡しした。当然手は震えていた。恥ずかしい。
レイヤーさんは「また後でお話し来ます」と言って去って行った。
数分はあまりの衝撃でぼんやりとしていたが、だんだんと意識がはっきりして来て未だ震える手で友人とのグループラインにメッセージを送った。
友人たちが買い物から帰って来てとりあえずさっきあったことを実際話した。
この時の二人の反応は「へぇー! そうなんだ! よかったねー!」的な感じで、当たり前のことながら私と熱量が違っていた。
あれは夢だったのかもしれない……まぁいい夢見れたな……とか自分の正気を疑いはじめた。
そこから友人たちと店番を代わってもらって私も買い物に行った。
買いたかったものもほぼ買えてホクホクしながらスペースに戻る。
すると、なんだか自分のスペースの様子がなんだかおかしい。
店番をしていた二人がこちらを向いて飛び跳ねている。
慌ててスペースに帰ると、
「今! コスの人来てたよ! ちょっとの差だったのに!」
「めっちゃ美しかった……!」
と大興奮。
よかった、私の見た夢は夢じゃなかった。
「あとでまた来るって言ってた!」
とのことだったので、そこからは店番は私固定となった。
そわそわしながら来られるのを待ってたら、本当に来られた……! しかも最初はジャケット着てたのに今度はジャケットオフ!! ごちそうさまです!!
会話の詳細は省きますが、今までネットで上げていたお話の感想を話して下さった。
「続きって書かれるんですか?」
と聞かれ、私は勢い余って
「はい!!!!」
と元気よく答えた。
実を言うと今回出した同人誌で話しは一旦区切りにしようと思っていた。
でも、喜んでもらえるなら続きを書きたいと即決した。
しかも差し入れまで下さって、まさか差し入れを頂くとは思っていなかったのでお返しをお渡しすることができず、痛恨の極み。
もうこれは続きを書くしかねぇ。なんてったって私は字書き。お礼は小説ですべきだろう。
ということでこのレポを書きつつ次のインテに参加するための新刊の原稿も書いている。
コツコツ作業を進められるマジで私偉い。本当偉い。このまま行くと二冊くらい書き下ろしそうだ。それもまた良し。
私は自分のために作品を作るタイプだが、やっぱり作品を好きだと言ってくれる人がいると嬉しいし、モチベーションもぶち上がる。
終わるはずだった作品の続きが生まれつつある。
作品を生み出すのは何も作者だけではない。読んでくださる方もまた作品を作る一手を担っている。
自分の好きな作家さんにも、感想はこれから積極的に伝えて行こうと改めて思った。
私は自分でもなかなか愉快な人生を歩んでいると思うが、初めての対面のお客さんが推しのレイヤーさんと言う経験は私の今までの人生の中でもトップ5に入る衝撃だったし、これからのオタク人生でずっと語り継いで行きたい私の伝説である。
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