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グリズリーの王国アラスカ、生身で大自然と向き合う

アラスカ走行開始初日、さっそくのお出まし。

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アラスカ最大の都市アンカレッジからまだ20kmも離れていない。
しかも自転車道、僕の進行方向50mほど先。
まだ若いのかな、サイズ小さめのブラックベア。

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ブラックベアはハイウェイの方へ向かおうとしていたが、車がバンバン走っている。
引き返して、フェンスの隙間を見つけて森へと消えていった。
こんなところへ出てきてしまって、怖かっただろうね。

北米大陸。
とにかく巨大、広大、壮大。

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アラスカ。
アメリカ合衆国最大の州であり、世界最大の飛び地。

日本の4.5倍の面積に、人口わずか73万人。
人口密度は0.4人/k㎡(人口密度世界最小国のモンゴルが2人/k㎡)。
人口の半数近くがアンカレッジに集中している。

ユーラシア大陸とアメリカ大陸が陸続きだった氷河期に、東進してきた人類はアメリカ大陸へ渡り、インディアンやエスキモーが長らく居住してきた。
18世紀にロシアの探検家ベーリングがアラスカに上陸した後、アラスカはロシア領となった。

ロシアはクリミア戦争で財政難に陥り、また宿敵のイギリスに領土を奪われることも牽制して、1867年、当時中立であったアメリカにアラスカを売却した。
当時のアメリカ国務長官は「巨大な冷蔵庫を買った男」と国内で揶揄されたが、後にアラスカには金鉱や油田など豊富な地下資源が眠っていることがわかり、また冷戦以降のロシアの勢力拡大を防ぐ防波堤としても、アラスカは評価されるようになった。

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ムース。

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これはまだ小さめ、角も小さい。
オスの成体は目を疑うほど巨大。
肩の高さが僕の背丈より高く、立派な角が生えている。
警戒心が強くすぐ逃げてしまうので、残念ながらオスの巨大ムースは撮影できていない。
和名はヘラジカ。

「ようこそ人間」

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人間がほとんどいないスッカスカのアラスカだが、ハイウェイ沿いには数十kmおきに小さな街があり、キャンプ場や売店がある。

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どうしてキャンプ場にバスが停まっているのだろう、と最初は首をかしげていたが、これはキャンピングカー。

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こんなモンスターを個人で所有できる経済力と土地の広さ、改めてスケールが違う。
中はキッチン・バスルーム完備の動く家で、東京の1Kアパートよりずっと立派。

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北米では、一般にキャンピングカーは「RV」(Recreational Vehicle)、キャンプ場は「RV Park」と呼ばれる。

一応、おまけのようにテントサイトもある。
テント泊しているのは僕だけ。

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ここは、蚊に支配されたモスキート王国。
常に無数の蚊に包囲され、性格もアグレッシブ、服の上からも刺すし、頭も刺す。
虫除けスプレーは絶対必須。
テントからシャワーを浴びに行くほんの数十mでも、どうせすぐシャワーを浴びるのだけど虫除けスプレーをしておかないと、一瞬でボコボコにやられる。
アラスカからカナダにかけての山岳地帯は、蚊との壮絶なバトルが続く。

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北米大陸最高峰、デナリ(6190m)が見えてきた。

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「デナリ」は先住民アサバスカンの言葉で「偉大なるもの」を意味する。
以前の名称「マッキンリー」は第25代大統領の名で、特にこの地と関係なかった。
地元では「デナリ」の名で親しまれ、2015年に正式名称が「デナリ」に変更された。

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デナリ国立公園。

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公園内は、全域ではないが原則マイカーは禁止、大半の来訪者はシャトルバスに乗せられる。
自転車の走行は可。

ただし、公園内のキャンプ場以外でキャンプする場合はパーミットの取得が必要。
事前にビジターセンターで、ビデオを見てルールを理解し、誓約書にサインする。

旅程もあらかじめ決めなければならない。
僕は4daysサイクリング3nights野宿で。
公園内では食料の補給はできないので、手前の街で日数分の食料を買っておく。

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カリブー。

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日本ではアイヌ語由来でトナカイと呼ばれている。
雌雄ともに角が生えるが、オスとメスとで角が生える季節が異なる。

グリズリー。

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クマとは300ヤード(274m)距離を置かなければならないルールになっている。
この時は30mほどの近さで遭遇。

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グリズリーは、北米大陸の西側に広く分布。
クマとの遭遇は大半がブラックベアで、グリズリーはなかなかお目にかかれない、貴重な出会い。
和名はハイイログマ。

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国立公園内で走行中、計7頭のグリズリーを見た。
親子で行動をともにし、厳しくもやさしい表情に、母なる自然を感じた。

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しかしパーミットを取得したとはいえ、グリズリーがウロウロしているこんなところで、キャンプ場以外でのキャンプや自炊がルール上許可されているなんて、イカれとるな。

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テント設営地もカリブーの足跡がいっぱい。

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ボツワナのサバンナで野宿してた時はよく怒られたものだが、ここでは厳格なルールを守りさえすれば、生身でこの大自然と向き合うことが認められている。

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食料や匂いの強い物は指定のベア缶に保存することが義務付けられている。

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ベア缶・炊事場・テントは互いに100ヤード(91m)の距離をとる。

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重要なのは、クマの思考回路の中でテントと食料を結びつけさせないこと。
一度でもテントの中で食料を発見したら、そのクマは一生涯「テント=食料」と思考し、テントを襲い続ける。
自分を守るためだけでなく、後の被害者もつくらないよう使命を負っているのだ。

クマはとにかく鼻がきく。
1.5km先の匂いも嗅ぎつけるという。

これだけ脅されたら、さすがに怖い。
調理中はしょっちゅう後ろを振り返り、テント内にいる時はちょっと物音や鳴き声が聞こえただけでも外の様子をうかがってしまう。
でも怖いのは起きている時だけで、眠りに落ちてしまえばぐっすり熟睡。

夏のアラスカは白夜。
この時は、日没0:30、日の出3:30。
日没後も、本当に日没したのかと疑うほど明るい。
冬は逆に極夜となり、1日の大半が闇夜となる。

こういった環境で、動物たちはどういった時間感覚をもって1日のサイクルをとらえるのだろう?
クマも人間と同じ時間帯に寝てくれればキャンプ中に襲われる心配もないのだが。
僕はもし時計を失ったら、今が昼なのか夜なのか、いつ寝ていつ起きるべきなのか、よくわからなくなりそうだ。

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夏のデナリの晴天率は20%、天気はずっと不安定。
ひとときの晴れ間に、その雄姿を見せてくれた。

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北米最高峰デナリ(6190m)。
完全ではないものの、そのドッシリとした存在感に息を呑む。

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個体としてのインパクトは独立峰ならでは。
高緯度に位置するため極寒でかつ気圧が低く、その厳しさがここまで伝わってくるようだ。
植村直己が1970年に初の単独登頂を果たし、さらに1984年に初の冬季登頂を果たし、その下山中に行方不明となった。

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アラスカ第二の都市フェアバンクスへ。

夏至。
深夜1時のアラスカ。

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わずかな夜。
といっても夕暮れの状態で、闇夜になることはない。
2時間後のAM3時には日が登る。

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世界を旅するサイクリストは無数にいる。
今まで無数の旅人に出会ってきた。
ここで出会ったスイス人夫婦は、ふつうじゃなかった。

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かれらは2010年から自転車旅を始め、以来スイスに帰国したのは4ヶ月だけで、約10年旅しっぱなし。
そして、旅の途中で2人の子供を出産。
6歳と1歳の娘は生まれてからずっと、両親の背中と世界の風景を見ながら旅をしている。

旦那さんは写真家、建築技師。
奥さんは人類学者、登山ガイド、ライター。
ウェブサイトの収入で旅を持続させている。

アラスカの前は日本を沖縄から北海道まで旅しており、もしかしたら見かけたという方もいるかもしれない。
日本のモンベルもかれらのスポンサーで、2019年モンベルチャレンジアワードを受賞している。
かれらの衣類や身の回りの物がモンベルだらけだったのが面白かった。

家族4人分の荷物+自転車の総重量は200kgになるという。
僕が今まで出会ったサイクリストの中で最大だ。
飛行機に乗る時どうすんだ?

娘たちは人なつっこくて、初対面の僕に対してもすぐになついてくれた。
長女のナイラちゃんは母国語のフランス語に加えて英語も理解し、日本語であいさつができて、日本語で1から10まで数えることもできる。

でももう6歳、「学校に行く年齢でしょ?」と奥さんに聞いたら、

「私たちが学校よ!」

と胸を張って答えた。
これはかなわない。

育児しながら旅をする。
いやムリでしょ、ってことをやってのけてしまう人たちがいる。
こんなバイタリティを見せられると、自分がなんともちっぽけに思えてしまう。
パワーをもらった。

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アラスカは、アメリカの他の州よりもべらぼうに物価が高い。
食料や物品はもちろん、キャンプ場も高い。
節約のためにも、できるだけ民泊させてもらう。

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ふたりの若い女性がここで暮らしている。
友達同士で家をシェアしているだけなのか、それとも友達以上の関係で同棲しているのか。
後者のような気がしてきたが、そこを突っ込んで聞く勇気はなかった。

カリブーの肉をごちそうになった。

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「カリブーの肉なんてどこで売ってるの?」と聞いたら、
「あたしがハントした」
さすが、たくましい。
保存するのに巨大冷凍庫が必要らしい。
筋ばっていて牛肉に近いが、とても柔らかかった。

それにしても、こんな家に住めるなんてうらやましい。

ここはアウトドア大国。
ガレージにはたくさんの自転車やらテントやら、その他あらゆるアウトドアギアが置かれている。

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教会で1泊。

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一般的に思われている以上に、アメリカは信心深い人が多い。
到着した時、7~8人が集まって聖書の読み合わせみたいなのをやっており、僕も参加させられた。
ひとりの女性が、スマホを僕に手渡して見せた。
聖書アプリの日本語版で、「今ここを読んでるから」と教えてくれた。
どうもご丁寧に。

僕は宗教には少し関心があるし、聖書はちゃんと読んだことはないがキリスト教のエッセンスは何となくわかっているつもりだ。
でもそれはあくまで客観的に、他の宗教や文化や世界観と比較する上であって、本気でキリスト教を信じて他の価値観を認めず盲信的になっている人たちとは議論できない。
ここの神父は進化論をきっぱりと否定し、この世のすべては神が創造し神によってデザインされていると断言した。
眠い。

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それから、ひとりの男性が肩の痛みを訴えており、皆で彼の肩に手を当てて祈った。
これで治ると本気で信じているようだ。
キリスト教って、こんなシャーマンみたいなこともやるのか。

神父の奥さんはとても世話好きな人で、手作りパン、手作りジャム、ピーナッツバターを僕に持たせた。
これは実にありがたい。

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寝場所は教会の地下。
もう22時近くになっていただろうか、神父はジーザスの教えを僕に説き続けた。
寝させて。
宗教はビジネス、布教は営業。
タダで泊めてやるから営業させろ、ということか。

アメリカ大陸は、南北全域で右側通行。

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マックシェイクの上にホイップクリームがのっかってるなんて、ステキ。

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ビッグマックのセットにアップルパイを付けて、計US$11.75。
高くつくのう。

アメリカで買い物といったら、ウォルマート。

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他にもスーパーはあることはあるが、やはりウォルマートがアメリカの大量生産的巨大消費産業の象徴みたいなもの。
近年は日本でも巨大なショッピングモールが増えているようだが、ウォルマートはその原点みたいなものだと思う。

食料や日用品はもちろん、衣類、電化製品、アウトドア用品から銃まで、ありとあらゆるものがここで売られている。
スーパーに軽く並べられている銃器はモデルガンのように見えてしまうが、もちろんすべて本物。

2階建ての店などなく、すべて平屋で、隅から隅まで歩くのも一苦労。

駐車場もアホみたいに広大、何百台停めるつもりだ。

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RV用の駐車スペースもある。

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やっぱスケールでけえな。

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完全に車社会で、自転車置場はわずか。

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ウォルマートに行けば何でもそろうが、裏を返せばウォルマート(あるいは他の何らかのショッピングエリア)に行かなければ何も買えない。
山の中はもちろん市街地でも、コンビニも売店もスーパーもまったくと言っていいほどない(強いていえばGSにコンビニっぽいのがある)。
なので都市部に滞在する時は、宿泊地からウォルマートまで何kmかという立地条件が重要になってくる。

全体的な物価は非常に高いが、都市部にある巨大スーパーなら、豊富な品ぞろえの中からなんとかして割安商品を見つけ出し、出費を抑えて自炊してたっぷり食える。
田舎の小さな店だと選択肢が少なく、割高商品しか買えずひもじい思いをする。

アウトドアショップの代表格、REI。

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ここはアウトドア大国。
スケールが違う。
普及度が違う。
人々の生活に根付き、浸透している。
巨大アウトドアショップを見ているだけでも楽しい。
日本じゃありえない物が売られている。

サイクリングもさかんだが、ここでは移動手段としてではなく、アクティビティやスポーツとして楽しむもの。

自転車屋も広いもんだ。

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いつもはパーツを買って自分で交換するのだが、いろいろガタガタで汚れもひどかったので、店にお願いしてやってもらった。

店の人は僕の自転車を見て、
「すごい距離を走ってきたんだな」と言った。
「so many miles」という表現が、いかにもアメリカらしい。

アメリカは、すべての単位が他の国と異なる。
長さはマイル、ヤード、フィート、インチ。
重さはポンド。
体積はガロン。
温度は華氏°F。

日本の寸とか尺などと同様、昔はおそらくどの文化圏でも身体のサイズを基準とした度量衡を用いてきたのだと思うが、メートル法という便利な国際基準が定まると、皆それに合わせた。

しかし世界最強の大英帝国は、我こそがスタンダードだと言わんばかりに、マイルだのインチだのといった自国の単位を使い続けた。
そのイギリス人が新大陸で立ち上げた新国家がアメリカ。
なので、いまだにアメリカとイギリスのニ国は頑なに独自の単位を使い続けている。

偉大なるアメリカの最高傑作、ココナッツクリームパイ(680g)。

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甘党王を自負するこの僕が世界一だと言うのだから、これが世界一のスイーツなのだ。

パイ生地は極薄で、ココナッツ要素も割とどうでもいい。
とにかく、クリームクリーム!

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カスタードとホイップの二層構造。

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ああ、このクリームの海で溺死したい。

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