Asako Yamaoka

人生とは、生きるとは、のようなこと。日々の美味しいもの、心躍ること。ことば、おと、その周辺。

変化は見える世界より少しだけ早く、静かに、でも確実に、はじまっているんだ

人を変えられない、というけれど
あれはもうちょっと言葉を足す必要があって

「自分の思い通り」には、変えられない
というのがほんとうのところだとおもう

誰かに対して
変わってほしいとか
影響を及ぼしたいとか
そんな思いに駆られたときは

「自分の思い通り」に変えたい
と願う自分の気持ちの根っこにある「恐れ」に
気がつくときなのだとおもう

そのことが、そのひとが
「自分の思い通り」に変わってくれ

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気づきは「与える」ものじゃない。「起きる」ものだ。

人は、薬で眠らせることはできるけど
眠った人を起こすことはできないそうだ
どんなに薬や刺激を与えることはできても
その人が目を覚ますかどうか?は
どんな名医でもコントロールできない

麻酔は、経験上、目が覚めるはず。
という前提で用いられていて
目覚める保証なんて、実はないらしい。

誰かの目を覚まさせたい。
気づきを起こさせたい。与えたい。

そんな想いは充分すぎるほどわかるし
私もたびたび、そ

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あなたにしか預かることのできない背中がある

先日、人と話していて、ふいに自分の口から
 
「能力やスキルですべてが片付けられていく
 社会を変えたいんですよ」
 
という言葉が出てきた。
あ、そうなんだ私。とおもった
(社会が実際にそうか、という話はあるけど)
 
それはおそらく自分の本音だとおもうし
たしかにひとつの原動力には違いない
 
そして、同時に思う
 
なにかを「変えたい」思いは
その変えたいなにかが存在しなければ生まれない
 

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持っているということが示す、その人のさだめ。麻央ちゃん、おつかれさまでした。

2年前、小林麻央さんが亡くなったときに書いた文章ですが
改めて読んでみて、過去の自分に励まされる思いがしたので
こちらに。

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麻耶ちゃんがなんか好きだったのと、癌が身近になったタイミングもあって、麻央ちゃんのブログも日々読んでたのですが。

いつも、思ってることがありました。
麻央ちゃんのことを知ってというより、もっとずっと前からですが。たぶん自分の住む街で阪神大震災が

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そして私もまた、そういう生き物。誰のせいでもない、何が原因でもない

たぶん、誰とどんな関わりを持ったとしても
私はこうなったんだとおもう
 
なぜならば、私は、そういう生き物だから。
 
 
育った環境が違っていても
 
親が違う個性を持った人たちでも
 
4人きょうだいの3番目じゃなくても
 
あと10年早く生まれても遅く生まれても
 
あのとき結婚を辞めなかったとしても
 
サイコパスな元恋人がいなかったとしても
 
一緒にやってた友人が離れなかったとしても

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メドゥーサごっこをしながら、「あれは、そういう生き物」メソッドについて語る。下手の考え、休むに似たり。

あのとき、こうできていれば
もっとうまくいっただろうに
 
あのとき、こうしなかったから
こんなふうになってしまった
 
そんな罪悪感や無力感案件を
やまほど抱えてここまできましたが
 

ついさっき、たまたま
その種の人の悩みを聞いてて
その因果関係があまりに破綻してて
思わず爆笑してしまいました(すみません
 
 
  
で、たぶん私の「こうしていれば」も
おんなじように破綻してんねやろな、と

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