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雑多ショートショート

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その青は、かくも遠く美しく

※ワンライで書いたssを書き直した作品です。

「先輩、これ何ですか?」
 私は足を止め、そのショーケースを指さす。そこには黒と白の、恐らく何らかの生物をかたどった二対の陶器が展示されていた。質問を受けて振り返った先輩の、咎めるような目が私を射抜く。閉館間際の文化資料館に人の姿はまばらだったものの、私の声はちょっと響き過ぎたらしい。
「これ、何ですか?」
 わざとらしく一段声を落とし、もう一度尋ね

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それはきっと

※人肉食にまつわる話です。閲覧に注意してください。

倫理観の消え去った世界で、何に愛情を見出せばいいだろう。

ぐつぐつ音を立てて煮える鍋の前でふとそんな言葉を思い出した。彼女がそれを口にしたのはもう随分前のことだったけど、まるで泣き出す寸前の子どもように響いたその声を私はなぜだか鮮明に覚えていた。
上の空でいたからだろうか。気づくと私は彼女の趣味が隅々まで行き届いている清潔なキッチンをひど

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モラトリアムが明けた暁には

※ワンライで書いたssに、大幅に加筆修正したものです。1時間でここまで書けるように精進していきたい。

わたしは夜が嫌いだ。

暗闇は怖いし、昼間のように友達と遊ぶこともできない。それにお母さんは夜、わたしがこっそり外に出ようとするとものすごく怒るのだ。本当に夜ってなんにも良いことがない。憎らしいったらありゃしない! そういってわたしがベッドの中であまりにも不貞腐れるものだから、お姉ちゃんは仕

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私の恋人

 死んだ恋人がくまになって帰ってきた。
 にわかには信じがたい話である。
 しかし、ふわふわとした若干O脚気味の歩き方も、猫のように丸まる癖も、作ってくれた味噌汁に入っていたミニトマトも、へたくそなウインクも、すべてが私のよく知る彼女のそれだった。私と恋人の、ふたりだけが共有していたはずの決まり事や秘密、合言葉の数々も彼女は知っていた(少なくとも「ヨークシャテリア」という単語ひとつで腹を抱えて転げ

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かたおもい

あの子の欲しがるものが欲しい。

幸い私はお金持ちでおおよそのものはたやすく手に入れることができた。
キャラメリゼ、ミラーボール、ポンデリングにテディベア。
あの子の欲しがるものはどれもこれも可愛い。きれいな空色のハンカチで涙をぬぐってあげたときのあの子の笑顔はもっと可愛い。
あの子の欲しがるものを誰よりも知っている私は純白のつるつるした生地を丁寧に仕立てながら確信する。このドレスに包み込まれたあ

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その綻を待っていた

 文学と音楽を人間がいつまで経っても手放せないのは容赦なくやってくる夜のせいなんだよ、と秘密めいた調子で私に教えてくれたのは高校時代の先輩だった。私たち以外誰もいない部室でなめらかに微笑んだ一学年上の彼女はチョコミントと安部公房とロックンロールをちょっとどうかしているんじゃないかというほど偏愛していた人で、だから私はしばらく思考を巡らした後に「また何かの歌の歌詞ですか?」と尋ねたのだけど先輩は「ま

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imperfect

彼女は毎日欠かさず日記をつけていたので私はその一日を克明になぞることができる。

朝、トーストを一枚食べて勤めていた職場とは逆方面の電車に乗る。
昼、駅前のマクドナルドに立ち寄る。ストロベリー味のマックシェイクを片手に近くのゲーセンでクレーンゲームに興じたあと公園のベンチで微睡む。
夜、ファミレスで日記を書きながら好物の枝豆をつまむ。日記はここで途切れているけれど彼女の次の行き先は分かっているか

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午後三時のユーフォリア

その学園では毎日午後三時にメンデルスゾーンの「歌の翼に」が流れる。私たちは幼い頃からそれを聴くと跳躍をするよう教育された。伸びやかなドイツ語の旋律を浴びると生徒は何処にいたとしても跳躍する。校庭で、音楽室で、教室で、トイレの個室で。高く跳べば跳ぶほど先生方は喜んでくださるので皆いつも一生懸命に跳躍した。翻る濃紺のスカート。靡く髪の毛。少女たちの赤いリボン。
高く、大きく、美しく! 
なぜ跳ばなけ

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Love letter from

友人が金星へ旅立った。なんでも一目惚れをしたらしい。
たったひとつの恋で四千数百万キロメートルもの距離を飛び越えてしまえるのってすごい。たぶん私には生涯できない。
彼女が金星へ辿り着いた後、私たちは時折手紙でやりとりを交わすようになった。文明的なのか前時代的なのかいささか微妙なところではある。
ただ、どうやら彼女は徐々に地球の言語を忘れつつあるらしい。
十年が経つ頃には、送られてくる手紙はすべて金

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心中

僕と蟹は駆け落ちに失敗した。なぜなら今日の朝バス停に向かう途中で、蟹は、猛スピードで歩行者道路に突っ込んできた軽トラックに轢かれて死んでしまったからだ。トラックの運転手がどうなったかは知らない。生きていたかもしれないし、もしかすると死んでいたのかもしれない。
 潰れた蟹を抱えて事故現場から逃げた僕が向かった先は、もう二度と戻る予定のなかったアパートのキッチンで、そこで僕は、愛する蟹を茹でて食べたの

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親子

 困ったことがある。
 友人が産んだこどもが、どうしても化け物にしか見えないのだ。
 一体どうしたことだろう。「抱っこしてあげてよ」という彼女の言葉をかわしきれなかった私の腕の中で、あの物体がうごめいた瞬間のことを思い出すだけで震えが走る。両手にはいまだに、暖かく湿った鱗の感触がしつこく残っている。それなのに、どうやら医師や看護師その他道行く人々の反応を見る限り、私以外の人間にとってそのこどもはた

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効能

 ホットケーキを作ろうと思い立って冷蔵庫を覗いた直後、「あ」とも「ん」ともつかぬ音が喉の奥から漏れた。
 どうやら十日ほど前、元同居人が買ってきたのは鶏卵ではなく「ゆめたまご」だったらしい。「ゆめたまご」というのは、それを食べると「幸福な夢」をみることができるという代物である。分かりやすいネーミングだ。元々は不眠を解消するために開発された医療薬(いわゆる睡眠導入剤というやつである)の一種であったが

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たかが5秒

 ラジオから流れる音に時折妙なものが混じるようになった。
 よくよく聞き続けてみるとその正体は、現在からみて5秒後の未来に生じることになる音のようだった。例えば何かが割れたような音がラジオから聞こえてきた5秒後に部屋の外から窓ガラスの割れる音が聞こえ、「ハッピーニューイヤー」という賑やかな声が聞こえてきた5秒後には、点けっぱなしにしていたTVから響く、5秒前と全く同一の「ハッピーニューイヤー」によ

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