朗読劇用脚本。1人〜3人。上演希望の際はご連絡ください。


　サテ、落語というのは枕があります。夜寝るやつじゃなくて、お話の前につけるちょっとした会話のこと。
観客であるお客様への語りかけ。
落語家のみなさんは、その語りかけを通して、お客様の今日のご調子や、ウケそうなところなどを見極めるんだそうです。
　だから、多くの落語家さんは、枕ではえ〜とかアーとか言って、自然な感じを出すんです。落語の中ではどんな難しい言葉でも流暢に言えるのに、あえて日常会話のように、えー、まあ、話しているんですね、ウン。
　
　でもこれは朗読。えーもあーも台本に書いてある通り。なんだか変な感じですね。でも普段はそんなこと考えたりしません。そんなような小さな疑問で正月を潰してしまったハチ子さんが、仕事始めの休憩室で、同僚の熊沢さんに声をかけます。

ハチ子「熊沢さん、相談があるんですけど！」
熊沢「びっくりした、人がオフィスグリコで100円のチョコにするか200円のアーモンドチョコにするか悩んでるときに話しかけないでよ」
ハチ子「熊沢さん、去年よりもなんだかケチになりました？」
熊沢「決めた！200円のアーモンドチョコにする！……あー、ちょっと待って、うーん……それで？相談って？」
ハチ子「熊沢さん、今年の抱負、何にしました？」
熊沢「…ほうふ？」
ハチ子「抱に負けるって書く抱負です。抱くに負ける？何で？」
熊沢「あー、それはね」
ハチ子「今年はなんだか抱負が浮かばなくて、正月の三ヶ日はずーっと実家のコタツでそのことばっかり考えてました」
熊沢「ハチ子、毎年抱負を決めてるの？」
ハチ子「はい！」
熊沢「小学生かよって思ったけど、めっちゃ目がキラキラしてるから言えない……」
ハチ子「熊沢さんは抱負、いだかないんですか？」
熊沢「野望みたいな言い方しないで。いだかないし」
ハチ子「大志だっていだきますよ。大きな志！大志をいだけ！抱負をいだけ！抱く、負ける……負けるを抱く……？」
熊沢「その調子で三ヶ日を過ごしたのか……去年の抱負は？」
ハチ子「定期預金ですね、目標額を決めて少しずつ貯める」
熊沢「堅実！一昨年は？」
ハチ子「資産運用です、一昨年は外貨の変動が見込めたので」
熊沢「ていうか毎年そういうのでいいよね？」
ハチ子「でも３年前は登山だったんです」
熊沢「山に登ってたの？」
ハチ子「いえ、YouTubeで登山の動画を見て、ブログで格付けをするというのを一年やりました登山評価です」
熊沢「今気づいたけど、抱負。四文字熟語的な縛りがある？」
ハチ子「はい！資産運用、定期預金、登山評価。毎年半紙に墨で書いて、壁に貼るんです」
熊沢「壁に資産運用って貼ってある部屋、いやだな〜」
ハチ子「見るたびに気合が入ります」
熊沢「登山の何を格付けするの？」
ハチ子「景色とか、時々カメラをヘルメットにつけたまま、何十分も登山道を映してる動画とかあって」
熊沢「疲れてね、俯いちゃってるんだ」
ハチ子「そういうのは格が高いんです。人間の本質が浮かび上がるので」
熊沢「こわ〜」
ハチ子「毎日更新して一日三万人くらいが読んでくれて」
熊沢「三万人の需要があるんだね、人間の本質……それって今も読めるの？」
ハチ子「いえ、閉鎖しました。一年たったので」
熊沢「あ、一年の抱負だから？」
ハチ子「はい、目標を達成したので」
熊沢「てことは一昨年の」
ハチ子「資産運用も一年で。結構な額だったのでやめるって言ったら担当してくれた銀行の人、顔色悪くなってました」
熊沢「だろうねえ。貯金は？！」
ハチ子「年末で使い切ろうと思ったんですけど、よく考えたら生活できなくなるのでやめました」
熊沢「よかった……ハチ子、さっき言おうとして止められたけどね、抱負ってね、負けを抱くんじゃなくて、心に負う、背負うって意味なの。心に背負った想いを抱く、この一年をどう過ごすか、どのように生きるかを決めることであって、結果的に何か目標を定めるのはいいけど、今年はこれをやる、今年が終わったらやめる、ってものじゃないの」
ハチ子「え、じゃあ、なんすか、私は人生の大半で、間違った抱負を抱いていたってことですか？」
熊沢「そうは言わないけど……悩んで時間を潰すくらいなら、健康第一とか、よく寝てよく休むとか、人の話を聞くとか、そういうのでいいんじゃない？」
ハチ子「じゃあ、熊沢さんが私の抱負を決めてください！」
熊沢「なんで？！」
ハチ子「そういうチマチマしたせせこましい発想、私の頭からは出てこないんで」
熊沢「すごい貶されてる気がするけど」
ハチ子「代わりに私がオフィスグリコおごりますね。200円のアーモンドチョコ！」
熊沢「あ、ありがとう」
ハチ子「決まったら教えてくださいね、私の抱負！あ、そうだ、熊沢さんの抱負は私が決めますね！えー、あっ、いいのを思いつきました！！」
熊沢「四文字熟語で？」
ハチ子「質素倹約」
熊沢「毎年それだわ！」

ありがとうございました。