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革靴を磨こう。

 本当に「靴をやってる」人からすれば、ぼくの持っている靴など二束三文、鼻で笑ってしまうようなものかもしれない。じっさいにむかし、靴の修繕屋に持って行ったら「その価格帯の靴なら、直すより買った方がいいと思いますよ」と鼻で笑われたことが実際にある。だからこれは、靴をやってる人向けの文章ではない。

 安くても、なんでも、自分で磨いて自分で手入れをすると、それはとても大切な靴になるし、意外と「保つ」もんだよ、というのを「靴を大事にしてこなかった」若い頃の自分に伝えたい。靴を大事にすると、なんだか足元から助けられてる気がする。そういう話だ。

 まずは靴を買おう。革靴にもいろいろと種類があるが、本革でも安く買えるものはすぐにカピカピになるし型も崩れるので、手入れのしがいがある。なるべく安いやつを買おう。近所の靴屋で「本革の安いのください」と言って、納得するまで履き比べよう。色は茶色い方がいろいろと色の変化を楽しめる。

 というわけで、靴を買ったら次に、靴を磨くためのいろいろを買う。洗浄液が500円くらい、靴クリームが800円くらい(できれば二色)。ブラシは300円のものでも充分だ。ワックスは1000円くらい、あとは三枚いくらの磨き布が500円ほど。靴の中に入れる靴型は最初は100均でいいと思う。だいたい3000円あれば、充分楽しめる。

 買ったばかりの靴は、だいたい全体がツヤツヤだ。だからまずは、靴を箱から出して、靴型を入れたら、洗浄液を布につけてやさしく全体を拭く。元から塗ってあるワックスが溶けて、ツヤが消えていく。全体くまなく洗浄して、乾燥させる。洗浄液が乾いて、全体がつや消し状態になったら、あとはもう君の好きにするしかない。

 靴の磨き方にもいろいろある。全体をツヤツヤにすることもあれば、一部だけをツヤツヤにすることもある。オススメしたいのは、一部だけをツヤツヤにするやつだ。これは持ち主の好みが確実に出る。

 まずは薄い方の色の靴クリームをブラシにチョンチョンとつけ、全体にすりこむ。力はあくまで弱く、乗せるくらいでいい。ブラシの線の跡は少し残るけど、厚みは均一に塗れたぞ、といった具合になったら、また乾燥させる。靴クリームはとても匂いが強いので、換気は充分にしておくように。ぼくは天気の良い日にドアを開け放ってやることにしている。

 クリームが乾いたら、ちょっと強めに全体をブラッシングする。クリームの脂がいい感じに均されて、やわらかいツヤが出てくる。ここで強くブラッシングするところ、粗くブラッシングするところを区別する。先端やかかとは強く、側面は弱く、磨きの度合いを変える。だんだんと「自分の靴」になっていく。

 次に、濃い色のクリームをブラシにとって、濃くしたいところへブラッシングする。違う色の靴クリームを重ねることで、世界に二つとない自分の靴にするのが目的だ。つま先とかかとを濃くすると、クラシックな風合いが出る。明度だけではなく、色相が違っても面白い効果が出るので試してほしい。

 ブラシで磨いて、ツヤの差を出したら、最後にもっともツヤツヤにしたい部分にワックスを塗る。布を手に取り指にきつく巻いて、ワックスを少しつけたら回すように塗り込む。少し乾かしたら、別の布を同じように指に巻き、水をつけてすりこむと、いわゆる鏡面仕上げになる。

 磨きあげた靴を履いて、出かける。歩くたびに、自分が磨いたところが空の光を反射してゆらめく。なんだか誇らしい気分にもなってくる。足元ばかり見て歩いているわけにもいかないから、次第に足下のことは忘れてしまう。それでも、君はいま自分のためみ磨いた自分の靴を履いている。

 長い一日が終わり、家に帰ると、靴の先端や側面には擦れ傷がついている。少し擦ったくらいなら、軽くブラシすれば消えるし、布で拭けば元どおりになる。手入れをせずに一週間くらい履くと、細かいシワが表面を覆うが、焦らず靴クリームで脂を補給する。雨に濡れたり、大きな汚れがついたときは、洗浄液で洗って、もういちど頭から塗り直す。こんなことを繰り返しているうちに、靴の色は買ってきたときとは違うものになっている。

 「ものを大切にする」というのはとても難しい。大好きなものはずっと使ってしまうから、すぐにボロボロになる。ぼくはむかし、靴を使い捨ての道具だと思っていた。合皮の安い安全靴を穴が開くまで履いて、ダメになったら終わり。スニーカーを履き潰して、底が抜けたら捨てる。大好きな靴ほど、すぐにダメになって半年くらいで捨てなきゃいけなくなる。

 きっかけはおぼえていないけど、靴底修繕キットを使ってみたくて、かかとの減った靴を修繕した。せっかくだからと、もっとその靴に手をかけたくなった。靴クリームを買い、ブラシを買い、ワックスを買って、はじめてその靴の形が崩れていることに気づいた。靴型を買って、一晩置いてみると、次の日の朝、その靴はまるで姿が違って見えた。

 はじめに書いた通り、本気で靴を「やっている」人向けの話ではない。これは自分の足元に、なんの気持ちも向けることができなかった頃の自分に向けた文章だ。だからもし、この文章を読んではじめて靴を磨いてみようと思ってくれた人がいたら、とてもうれしい。

 最後まで読んでくれてありがとうございました。

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