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エンゼル作法

それはいつも使っているものが
いつも役に立つとは限らない。
それを痛感した出来事だった。



看護師として働いていた頃
エンゼルケアという
亡くなった方の処置・お化粧・身なりを整えるケアが
大好きだった。

生きてきた間にどんな悪いことをしてきたのかは置いといて
出来るだけ美しく健やかにこの世を卒業して欲しい。
その卒業式のお手伝いをさせて頂くことがとても嬉しかった。

エンゼルケアの手順は

入っていた管を抜く
穴を塞ぐ
着替える
身体のポーズを決める
歯磨き
お化粧・整髪って感じ。


いつもお化粧がだいたい最後になる。
生きている人みたいにきれいにのらないので
スポンジで叩き込むように色を入れ込むのだ。

ちょっと専門的は話で恐縮だけど
ご遺体はどんどん腐敗する。
顔の皮膚も例外ではなく
どんどん色がくすんでいくので
それを見越してお化粧しなくちゃならない。

たまーに棺桶の中のご遺体の顔色がゾンビみたいなのは
肌の色とお化粧の色が合っていないから。

メイクに戻って
ベースやアイブローが済んだら
最後が口紅。

家族で口紅を持っている人がいたら
了解を得てお借りしていた。

だいたいみんな持ち歩いているのはお直し用なので
濃い目の色を持っている人が多く
赤い口紅がほとんどだった。

それをご遺体の唇に塗っていく。



おや。似合わない。
びっくりする程
赤い色が映えない。
むしろ唇だけ生きているようで不気味だった。
おかしい。

そこで赤い口紅を落として
エンゼルケアキットに入っているピンクの口紅にしたら
なんとかまとまった。

最初の頃は赤い口紅がご遺体に似合わないことに納得できず
何度か試してみたのだけど
やっぱりダメだった。
いつも合うのはピンクかオレンジ。


自分に赤い口紅を塗ってみると
こんなにいきいきするのに・・・
と、思ったところで気がついた。

赤い色は生きている人のための色なんだって。
生きていることそのものを表す色なんだって。

そりゃご遺体には似合わない。
血液だって生きているから赤いのであって
ご遺体の中の血液は色素が死んで黄色くなる。
仮にご遺体を切っても血は流れない。
生きていないから赤い血は出てこないのだ。

それに気がついてから
エンゼルケアで赤い口紅を使うのはやめた。

口紅がないときは
リップクリームやワセリンの方が数倍ましだ。
家族のご希望で塗って欲しいと頼まれても
唇だけ生きているように見えて不気味です、というと
みんな納得してくれた。


いつも使っている赤い口紅。
赤いということは生きているということ。

明日も赤い口紅を塗って
私は生きていく。











#赤い口紅

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