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「自分」もリスクヘッジを

ひとつのことを極めるのが苦手だ。

集中力がないのではなく
飽きっぽいんだと思う。

好奇心や興味がたくさんあるから
拾っていかないと追いつかない(何に)

だから、看護師の仕事だって
キャリアを重ねていくことではなく
自分の都合で働けるスタイルを選んでいる。

場合によっては契約をきって
すぐに他の医療機関で働ける身軽さも好き。

料理だってそう。
わたしは、料理研究家や料理人は向いてない。

ひとつのレシピを極めるくらいなら
塩分濃度を数%変えた梅干しを数種類作っちゃうもんね。

じっくり煮込んだオニオングラタンスープも好きだけど
あれ、玉ねぎ炒めてるあいだ、暇じゃない?

それなら、クオリティがちょっと落ちてもいいから
玉ねぎを炒めてるあいだに、他のおかずも作りたい。

読書も書くことも、ひとつのことをずっとやってられない。
同時に並行して読み進め、書き進め
気付いたらふんわり終わっている。

いつもこんな調子。

だから、職人気質の人やクリエイターの人の
ひとつのことにガーっとのめり込んでしまって
ご飯やトイレも忘れてしまうあのさまが本当にうらやましい。

ごはん、忘れたことないもんね、わたし。



アウトプットがこんな調子なので
自分自身も細かくわけるように努めている。

きっと、小さい頃にミュージカルを習っていたから
役を演じるってことに抵抗がないんだろうね。

何度もここで書いているけれど
「ナースあさみ」という人格は
本当のわたしじゃない。

そもそも、ほんとうのわたしなんてものはどこにもない。

いろんな人がみているあさみがなんとなく集合となって
あさみ像、そしてナースあさみ像らしきものが出来上がっているだけ。

かけたいメガネをかけて
みたい景色を見るのが人間なの。

アイドルが脱毛処理しているところなんて
誰もみたくないのよ。

このあさみ像、私自身はなかなか見えないのがミソ。
私自身があさみ像の集合場所だから
右手で自分の右手を掴めないのと一緒ね。

わたしという個人が存在しているのではなく
いろんなわたしが合体して
個人らしきものが見えている状態。

その証拠に

Twitterもnoteも複数アカウントがあるし
Instagramの使い方はかなり絞っているし
Facebookは学生時代の友人の生存確認ツールだから
SNSだとは思っていない。

アカウントごとに発信することを分けているし
そもそも、発信することしないことも分けてる。

料理だって、発信するものの3倍は作ってるけど
ネット上に載せていないだけ。

もしも、noteがなくなっても
Twitterがなくなっても
ナースあさみがいなくなっても

大丈夫なようにちゃんと分けているの。

自分の分身がダメになっても
ほかの分身があればやっていける。
わたしが、ダメになったわけじゃない。


副業やアドレスホッピングが流行ったり
たくさん趣味を持っている人が魅力的だったりするのは

自分をリスクヘッジしておくことの効能が
世の中に浸透し、実践している人が増えてきたのかもね。





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