インバウンドの風に吹かれて

地方在住者でもインバウンドの風を感じるくらいには、訪日外国人観光客を目にすることが増えた。大きな大きなスーツケースに、流暢な外国語(母国語なのだから当然だけど)、弾む笑顔と笑い声は、理由もなくただ住んでいるだけの私を軽く追い越していく。こんな片田舎にきて何を観るんだろうと思うのは、愛着なく住んでいる証拠なのだろうか。観光地の名前を思い浮かべるも、二つくらいですぐ泡が消える。きっと彼らのほうが、この土地の良さを知っているに違いない。

英語は学校で習ったから簡単な読み書きとごくごく簡単な日常会話はできる。とはいえ、日常的に外国人と接することもなく、英語を使う機会もなく、YouTubeとInstagramなどで英文を読む以外に英語力を必要とされる場面がない。残念ながら爽やかに英語を話す私は、あくまで私の脳内で生きているのみである。それでもそんな私が今日まで生き続けているのは、やっぱり英語に関心があるからに他ならない。

先日、新幹線に乗る機会があった。

新幹線では、停車駅で開くドアの方向を到着前に表示してくれる。降りる方向がわからないときは、大体は緑の矢印が点滅しているのを見てから立ち上がるようにしている。意外とこの表示を知らないと思われる方は多いようで、立ってから戸惑う様子をよく見かけている。

私は異国で電車に乗ったことがないけれど、乗るときや座るとき、降りるときの不安だったりは想像に難くない。異国でなくても、鉄道会社によっては特急でも特急券が必要だったり必要なかったり、在来線の券売機は値段表示なのに新幹線は行き先表示だったり、お金を先に入れないと機械が反応しなかったりと、あまり電車を使わないユーザーは戸惑うだろうと思う。

例にもれず新幹線でも外国人観光客が多く乗車していて、降車するだろうブロンドのマダムが困り顔でおろおろしていた。大きなスーツケースがあるからか、早く立ったはいいが降車する方向がわからず立ちすくんでいるよう。そんなマダムとたまたま目があうと、右と左を指で指してきた。私が笑顔で左を指すと、マダムも笑顔になり、両手をあわせてありがとうと言われた。気の利いたことばは何も出てこなかったが、せめてもの「You're Welcome」だけ伝え、新幹線を降りた。

とっさに言葉が出なかったものの、ささいなボディランゲージと笑顔は万国共通だと再確認した。私のつたないコミュニケーションを汲み取ってくれたあのマダムに、「Thank you」が伝えられなかった後悔もある。数ある都市の中から選んで来てくれた訪日外国人観光客の方々。今度は「Have a nice day」を伝えるのが当面の目標である。

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