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ストレスフリーなマインドセットを探せ

多発性硬化症の再発要因とされている「ストレス」。
原因も治療方法もわからないこの自己免疫疾患の、唯一の努力目標が「ストレスのない生活を心がけましょう」ということ。

今回初発からたった4ヶ月で新たな病変ができていたことを受けて…ちょっと本気でストレスについて考えてみなくてはならない、と思った。

4ヶ月間どんなふうに過ごしていた?

この4ヶ月は、先の記事でも書いたけれど、いろいろとイベントの多い期間でもあった。記事では病気に対する心持ちに関しては触れなかったのだけれど、4ヶ月のうちには心境の変化がいろいろあった。

最初は、気持ちが追いつかなかった

発病し、診断が出てから1ヶ月くらい、とにかく疲れやすい状態が続いていたので、その体調の変化と診断の重さに、心が追いついていなかった。落ち込んでいないとは書いたものの、リアリティも感じられず。
先の見えない恐怖は当然感じるのだけれど、それに挑む体制を、自分の中でつくれないでいた。
行動的には、初めて感じる疲れに遭遇。疲れでお腹を壊して倒れ込むとか、普通に自分の体に恐怖を感じた。この疲れ、内臓に損傷を与えるの!?っていう。そこからはとにかく疲れるし疲れるから動かない、みたいな感じ。心は何を感じたらいいのか、わからないでいる状態。

気のせいなんじゃないか?の時期

そのうち、疲れやすさを感じなくなってきた。そうすると多発性硬化症じゃないかもしれない。という気持ちが出てきた。微妙な症例だと言われていたし、何もないわけじゃないけれど、そんな深刻なものでもないんじゃないかっていう。意外とポジティブな人間なのか、はたまた目を逸らしたかっただけなのか。
そうすると、以前と変わらない生活をしたいという気持ちがむくむくと芽生え、わたしは大丈夫!なんでも任せてどんとこいよ〜みたいな状態になった。同時に周囲に体調を崩す人が多かったのもあるかもしれない。私がしっかりしなくてどうするの、って思ったし、思いたかった。
体調的にはお通じが苦戦。便秘がひどくて悩んでいたかな。

ちょいセーブして安定、これぞ正解では?時期

そんなちょっと力の入った時期を経て、とはいえ無理はするのやめようと思って、深酒をしない、できるだけ眠りに注意をする、仕事は以前より1割くらいは減らす、という生活を心がけた。
食事にまでは気を回せなかったけれど、間違えてちょー寒い格好しちゃう日もあったけど、眠れなかった日の次の日も普通に仕事しちゃったけど、以前よりちょっと気を付ける。低め安定なかんじ。
時々自分がさぼっているような罪悪感にも襲われたけれど、いやいやまだ大丈夫、ちゃんと仕事さばけてるし!って思ったりして。
風邪はひいてないけれど、すごい疲れたなーと思う日はあったと思う。芯から冷えて数日震えが止まらないような日もあった。

結果、新しい病変ができていた

そんな4ヶ月間。新しい病変ができた。
どのストレスが原因?いやさ、生きてればストレスなんて普通にあるじゃない。いったい何が悪かったと言うの。

まずはわかりやすい、身体的ストレスの改善

ストレスには2種類ある。体のストレスと心のストレス。
体の方の対応はわかりやすくて、
良質な睡眠、良質な食事、適度な運動、規則正しい生活。
をまずはちゃんとしていくことが大切(わかってはいるのよ)。
睡眠も食事も運動も「規則正しい」ってところが、とにかく苦手なのだ。何かに夢中になったら、それが終わるまで途切れるまで集中してやりたいのよ。仕事でも趣味でも家事でも。
あ、お昼の時間ね食事をつくらなくちゃ。あ、そろそろ寝る時間だわっていう暮らしがちょー苦手で、子育て中、小学生の夏休み対応なんて苦しくて仕方なかった。
でも、やるのだ。と言いつつ今日はこれを書き始めて止まらなくなってるわけだけど、明日からはやるのだ(ダイエットみたいだな)。
18時には仕事を終えて、19時あたりにご飯を食べたらそこからは23時半に寝るための準備を整えていく。3食ちゃんとしたものを食べられるように、子育て中にしていたみたいに、土日には1週間分の作り置きを作って小分け冷凍しておく。やるのだ。今日は無理だけど明日からはやるのだ(!)。

さて本題、心のストレスに関して

ここ数日、ずっと精神的ストレスに関して考えていた。私は何にストレスを感じているんだろう?

仕事のストレス

確かに、仕事で感じるストレスはある。やらねばならないタスクが溜まってくるとストレスになると思う。眠れなくもなる。マルチタスクが苦手なので、それは整理したほうがよさそうだ。
一方、経営的な部分でもいろいろなトラブルを自分が解決せねばならないと思い詰めるとストレスになると思う。
こちらに関しては、以前よりずいぶん上達(?)していて、瞬時に解決すべき方法が考えられるようになったと思う。それと解決できない問題に関しては、考えても仕方ないといういい意味での諦めも上手くなった。

…ただ、常々思うのだけれど、自分がやりたいと思えない仕事や、「〜すべき」っていう考え方から動く時は、しんどくなりやすい。
全てが自分の視点で、自分のやり方でできればいいのだけれど、自分の視点で自分が楽しむことを考える前に、ポジションとしての役割をどう遂行するかを考えてしまうところがあって。たとえば経営であっても、今必要なことが見えたら、自分らしくなくても今必要と思う行動をせねばならない、で進めてしまう。結果、ストレスを生む。

家でのストレス

母子家庭あるあるらしいけれど、息子の反抗期の抜け時が、難しく。遠慮のない物言いができるのは良いことでもあるのだろうけれど、強い言葉で拒絶されるのは、心が痛い。
脱ぎっぱなし散らかしっぱなし食べっぱなし作りっぱなし(料理好き)。
ぱなし後対応は、ストレスになる。
人間関係のストレスはたいてい
無意識の期待 → そうならない → 我慢 →ストレス
という流れだし、息子との関係もまさにコレ。そしてそこに「子育てに対する自責の念」みたいなものも絡んでくる。
自分の育て方の問題と思ってしまったり、必要以上に気持ちを汲むべきと思いすぎたり。

共通する、根底にある罪悪感

自分の抱えるストレスは、自分では感じにくいと聞く。
今回考察して、…たぶん、私のストレスの源には「罪悪感」が隠れていそうだ、と思った。
そして自分のやりたいことを我慢すべきっていうマインドセットが、なんかありそう。自己肯定感の低さからくるものだろうか。誰にも望まれていないのに、自分で「〜すべきな自分」を作り上げて、それに言い訳するように動くことがある。

今回の件でストレスについてある人に少し話をしたら、
「なんとかなる、でいいんじゃない?」って言われた。
なんくるないさーってやつですかね。そりゃいい言葉だとは思うけれど、なんとかなるって、すごい偽善的なイメージのする言葉で、自分が担当する行動の中にそれが生まれる気がどうしてもしないのよ。だから
「いやいや、物事なんとかなるとしたってさ、自分のやりたいことはやれないわけじゃん?」って言うと、その人はこう言った。

「やりたいことやりたいだけやって、後はなんとかなるんだよ」

ストレスフリーなマインドセットとは

ああそうだった。
いつも忘れてしまうんだ。この4ヶ月、先の文章を見直してみても見え隠れする、なぞの恐怖心との格闘。誰にも決められたわけでもないのに、自分が自分らしくあることを、後回しにしようとする。
どうして自分らしくあることが、罪悪感なんだ。人は人自分は自分じゃないか。ワガママでもなんでもない、他の人がそうしていたって私全然そのひとのことワガママなんて思わないじゃない。
自分に限って、基準を厳しくしてしまうのは、いわゆる「認知の歪み」だ。

身体と心の声を聴く

疲れたな、と感じたら休むこと。
規則正しい生活のために、少々の準備を心がけること。
楽しいと思うことも、根詰めすぎないこと。
謎の罪悪感を捨て、自分主体の考えを身につけること。
できることを、やる。できないことは、できないと言う。

って、長く書いたら疲れてしまった。
まとまっていないのだけど、前半とのつながりも謎なんだけど、今日はここで終わろう。
ストレスフリーって、難しいよね。でもそれきっと、マインドセット変更で手に入るんだよってこと言いたかった記事でした。では。

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