見出し画像

「発見」されたAセクシュアル(1972)

 こんばんは。夜のそらです。

 今回は、昨年(2018)からAセクコミュニティに衝撃をもたらし続けてきた、ある話題について書きたいと思います。ややマニアックなコミュニティの話題になってしまいますが、どうしても日本語で紹介しておきたいので、お時間のある方はお付き合いください。

1.1枚の写真

 昨年、ある写真がインターネット上に出回り、Aceコミュニティに衝撃が走りました。一時期、TumblrのAceコミュニティでは、その写真が毎日のように流れてきていました。
 これが、その写真です。

画像1

 二人の女性が写っていますが、後ろの壁の張り紙(?)をご覧ください。
 「誰かに決めてもらうのではない、あなたが自分自身でラベルを選ぶチャンスです。」という文字の下に、セクシュアリティが列挙されています。

 ストレート(異性愛)、レズビアン(女性同性愛)、バイセクシュアル(両性愛)と並んで、…………Aセクシュアル(asexual)の文字が見えます。

 この写真は、文字通り、衝撃的なものでした。というのも、この写真が撮影されたのは、1972年のことだからです。
 2001年にAVENが創始され、Aセクシュアルがコミュニティの中に確立した、その30年近くも前に、異性愛や同性愛、両性愛などの性的指向と並んで、Aセクシュアルという言葉が性的指向を指すラベルとして使われていたのです!
 50年近くの年月を経て、現代のAセクコミュニティによって「発見」されたこの写真は、すぐにコミュニティの歴史に書き加えられました。
 私たちは、ずっといた。インターネットが生まれる前から、ずっとAセクシュアルは存在していたんだ。この写真は、コミュニティの誇りを支える新たな1ピースとなりました。

2.レズビアン/フェミニストダイアローグ

 あの写真が「発見」されたのは、off our backs: a women's newsjournal という雑誌の1973年2月号(vol.3, no,6)です。
 その雑誌記事によれば、この写真は、1972年に開催されたLesbian / Feminist Dialogというシンポジウムの一コマを撮影したものでした。

 このLesbian / Feminist Dialog(レズビアンとフェミニストの対話)というシンポジウムは、文字通りレズビアンとフェミニストの対話のために設けられたもので、主催したのはNew York Radical Feminists というグループでした。ここは、ラディカル・フェミニストとして有名なシュラミス・ファイアストーンが共同創設者となったグループです。
 わたしは、フェミニズムにも、フェミニズムの歴史にも詳しくないので、即席的なネットの知識のまとめになってしまいますが、この「対話」の場が1972年に設けられたことには、次のような文脈があったと思われます。
 全米女性機構(NOW)代表のベティ・フリーダンがレズビアングループを「ラベンダー色の脅威(lavender Menace)」と名指しし、フェミニズムの運動から排斥しようとした有名な事件は、1969年のことでした。その後すぐさま、同名のレズビアン・フェミニストのグループができています。
 また、事件の翌年1970年には、リタ・メイ・ブラウンらが集まって組織した「ラディカレズビアンズ(Radicalesbians)」が、「女性でアイデンティティを作る女性(Woman-Identified Woman)」という10パラグラフのマニフェストを出しています。フェミニズムのなかでレズビアンの声が聞かれてこなかったことへの批判と反発があり、レズビアンであることこそがフェミニズムの完成された姿である、という主張を含むレズビアン・フェミニズムが大きなうねりとなり始めていたとき、それが1972年です。
 そんな1972年に、New York Radical Feminists(NYラディカルフェミニスト)はこのシンポジウムを(共同)開催しました。その名の通り、レズビアングループとの断絶を避け、対話するためのシンポジウムでした。

 そこでは当然、フェミニストであることにとって性的指向が持つ意味合いが、重要なテーマになっていたはずです。実際、このシンポジウムでは、性的指向ごとの分科会が分けられることになりました。
 その分科会のグループ分けの説明をするために作られたのが、おそらく、冒頭に挙げた写真の張り紙です。ストレートの分科会があり、レズビアンの分科会があり、そしてEvan Morleyが(彼女自身はレズビアンでしたが)、必要性があるとしてバイセクシュアルのための分科会を作りました。そして最後に、いずれの分科会にも満足できなかったBarbara Getzが、「Aセクシュアル」の分科会を作りました。
 この分科会の参加者は少なったようですが、冒頭の写真を掲載した雑誌記事の筆者であるFrances Chapmanは、この分科会に参加したらしく、次のように報告しています。

「私はBarbara GetzがリードするAセクシュアリティについてのワークショップに参加した。Barbaraによれば、Aセクシュアリティは一つの指向(an orientation)である。それは、パートナーをセックスに関係のない存在とみなし、満足のいく関係性にとってセックスは関係がないとみなす、そういった指向のことなのだ。」

 Barbaraのこの説明は、現代のAセクシュアルについての考え方と極めてよく似ています。(それについてはまた今度書きますね。)Barbaraははっきりと、Aセクシュアルを性的指向として認識していたようですから。
 以上が、あの写真が撮影されたシンポジウムと、分科会の背景です。1972年の分科会から46年。Barbara Getzの勇気ある行動は、私たち現代のAceコミュニティによって「発見」され、私たちに誇りを与えてくれたのです。

3.Aセクシュアル・マニフェスト

 あの写真の物語は、しかしこれでは終わりませんでした。雑誌記事の分析が進められるにつれて、このシンポジウムを主催したNew York Radical Feministsが、分科会の成果として「Aセクシュアル・マニフェスト(Asexual Manifesto)」という文書を出していたことが明らかになったのです。
 先ほど紹介した、性的指向ごとの分科会は、それぞれに協議や話し合いの成果を文書にまとめて、全体で共有することになっていました。しかし、どうやら、最終的に文書をまとめ上げたのはAセクシュアル分科会だけだったようです。そして、そのまとめの文書が「Aセクシュアル・マニフェスト」として、印刷・公表されたらしいということでした。

 ネット上のAceコミュニティでは、すぐにその「マニフェスト」探しが始まりました。マニフェストに最終的に署名を残したLisa Orlandoにもアプローチがなされましたが、Lisaさんは原本を持っていませんでした。
 そうして捜索が難航するなか、今年(2019)の6月、ついに「Aセクシュアル・マニフェスト」が発見されました。発見には複雑な協力関係がありましたが、Caoimhe Harlockさんの尽力が大きかったと聞きます。(ご本人の実名Twitterで発見の経緯を報告されていましたので、興味がある方は検索してみてください)。このマニフェストが発見された時の盛り上がりは、それはもうすごいものでした。

 そのマニフェストですが、わたし(夜のそら)も読みました。しっかりとした口調で書かれ、冷静な議論ですが、フェミニストとしての情熱も垣間見える、そういった文書です。ちなみに、「マニフェスト」はLisaさんとGetzさんが共同で構想したものだったそうですが、最終的にGetzさんは自分のセラピストの仕事に影響が出ることを懸念して、マニフェストの署名者から降りたそうです。そのため、「マニフェスト」の署名はLisaさん一人となっており、内容的にもLisaさんの考え方が強く反映されているようです。

 さて、この文書は、Aセクコミュニティの歴史にとって、非常に重要であるとわたしは考えました。なので、全訳を作りました。そんなに長くないので、ぜひ皆さんに読んで欲しいです。↓

 ただし、わたしには知識がないので、内容をきちんと理解することができない部分がたくさんあります。先ほども書いたような、フェミニズム‐レズビアニズム‐レズビアンフェミニズムの複雑な関係が、はっきりとこのマニフェストの背景として刻印されているため、前提知識がなくて分からないことが多いのです。ぜひ、知識のある方にいろいろ教えていただきたいです。よろしくお願いします。
 ちなみに、Aセクシュアル・マニフェストのPDFは、以下からダウンロードできます。(https://app.box.com/s/p7ngvv3iueaj0hk7xadkwd92af2zx4yz)


 さらに、書きおこしもあります。Asexual AgendaというグループのSiggyさんによるものです。

 Aセクシュアルの歴史を探るなかで、フェミニズムとレズビアニズムの交差関係に突き当たることになり、Aceコミュの外側のことについて知らなければならなくなりました。わたしはずっとAceコミュの中だけにいたので、知識不足です。
 それでも、Aセクシュアルと、フェミニズムの関係など、これから勉強して考えて、Aセクについてもっと深く考えられるようになりたいです。そうしたら、Aceの味方になってくれる人も増えるかもしれません。
 ここまで読んで下さりありがとうございました。
 なお、この記事を書くにあたって、事実関係にかんすることは、Siggyさんのブログ記事からたくさんのことを学びました。記して感謝申し上げます。以下がそのブログです。