ゆけ! 輝ける瞬間を胸に抱いて 『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』感想

『イニシェリン島の精霊』評へ

 ハリー・ポッター役として誰もが知るダニエル・ラドクリフが死体役として登場し、無限に水を吐いたり、おならで海を渡ったりする。
 そんなヘンテコ映画『スイス・アーミー・マン』を撮ったダニエル・シャイナート&ダニエル・クワンの新作。
 しかも配給は前作と同じA24。
 これは絶対にヘンな映画だ。
 ヘンな映画ならば観ねばならぬ。
 結果は私は、期待に違わぬ怪作を目にしたわけである。

 予告

 本作は前評判も高く、私が劇場に足を運んだ時点でアカデミー賞における幾つもの快挙を成し遂げていた。
 とはいえ、予告編などでは本作の概要を掴むのにあまりに尺が足りず、とりあえずアカデミー賞作品だから観に行こうかとなっても、いったい何を期待していけばいいのかわからない人も多いのではないか、と勝手に心配している。
 なので、最初にざっくり説明する。
 まず、本作のベースはカンフー映画である。
 初期の段階では主演にジャッキー・チェンを想定していたことからも、それはわかる。
 プラス、昨今MCU等でもおなじみのマルチバース設定である。
 簡単にいうと、主人公の冴えないおばさんエヴリン(ミシェル・ヨー)が、特殊な装置を使って別の宇宙の自分から様々なスキルをひっぱってきて戦う、というのが基本コンセプトになっている。
 ただし、そのスキルを使うには‟今の自分にとってあり得ない行動”をとるという条件が必須となる。
 例えば、自傷行為を行う。目の前の敵に告白する。肛門に異物を挿入する――といった具合にである。
 カオスをもたらす敵と戦っているのに、ソイツがなにかするまでもなく絵面がすでにカオスなんだが!

 とまあ、そんなハチャメチャな映画なのだが、決してバカ映画ではないのがミソ。
 シュールな笑いでコーティングしつつ、並行してしっかり真面目な話をするのは『スイス・アーミー・マン』と同じなので、おそらく一貫した作風なのだろう。
 一応ネタバレ警告した上で話すと、『スイス・アーミー・マン』が人生の話ならば、本作はそこからさらに進めて、今ここにある人生を肯定する話とでもいおうか。
 あらゆる宇宙の‟自分”を体験したエヴリンは、何ひとつうまくいかない自分がいたからこそ、別の道で成功した‟自分”が存在すること、成功した人生であったもそれぞれに喜びと苦しみがあることを知る。
 何ひとつうまくいかなかったからこそ、全宇宙を救う主役になれたと知る。
‟意味のある時間”はたしかに少ないが――もし、あらゆる‟自分”の中からどれかひとつを選べたとしても――それでも今、ここに、いる自分は、やっぱり今の自分を選ぶだろう。
 現状肯定にすぎないという批判はあるかもしれないが、それでも暗い人生に光が差し、勇気をもって歩んでゆく力をくれるなら、それは素晴らしいものだろう。
 本作には、そんな優しいメッセージが込められているのだ。

★★★★☆


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