【創作】くるくる
「風車の柄なんてあるのね」
湊人の着物をやさしく撫でながら、夏菜子が言った。
「そうよ、縁起がいい柄なの。風でくるくる回るじゃない?風車。まめに動くから、元気に育つという意味があるらしいよ。あとね、風車がカラカラ回る音が、邪気を払うとも言われてるんだって」
「ふふっ。弥生ちゃん、店員さんみたい」
1歳の誕生日祝いに、着物を着せたいの。
完全に親のエゴだけど。
湊人は嫌がるよね。着物、嫌いになっちゃうね。
いいのよ、どうせおぼえちゃいないもん。
弥生ちゃん、自分がしたいこと、もっとした方がいいよ。誰に遠慮してるのよ。
妹はいつも私の味方だ。
世界中の誰よりも。
義母は反対するだろう。
弥生さんが好き勝手にしてると、夫に言うのだろう。
夫は無言になるのだろう。
湊人が生まれてから、私の人生は大きく変わった。
何かするたび、義母は言った。
ハハオヤでしょう?
うまくやっていかなければならない。
曖昧な返事と薄ら笑いを繰り返していたら、自分が何をしたいのか、わからなくなってしまった。
湊人に、この着物を着せたかった?
そう、着せたかったの。
くるくる、くるくる。
着物柄の風車が、風を受け軽やかに回っているように見えた。
おなかの子が男の子だとわかってから、男児の着物が気になった。
勇ましい子になるようにと、兜や刀の柄。
健やかに丈夫に育ってほしいと。犬張子。
七宝繋ぎ、鱗紋、鳳凰。
着物柄に込めた願い。
昔はさぁ、子どもが今みたいに生きられなかったわけよ。
大きくなる前に、病気で亡くなったりしてね。
だから身につけるものに願いを込めたんだよね。
元気に育ちますようにってさぁ。
柄行や文様のことは、店長から教わることが多かった。
私は、この店で働けることが嬉しかった。
送別会では、スタッフ達が代わる代わるおなかに触れた。
弥生さん、さみしいです。
赤ちゃん産んだら、戻ってきてくださいよぉ。
弥生ちゃん、ごめん。
うちの店、サンキュウとかイクキュウとかがないの。
この業界は特殊でさ、ほかの仕事とは違うんだよね。
深々と頭を下げる店長に、わかっていますからという以外、私は何と言えただろう。
前任者も同期も、みんなそうだった。
あの日からかいつからか、私はいろいろあきらめた。
「弥生ちゃんがしあわせじゃないと、湊人もしあわせじゃないと思うよ」
すっかり冷めた紅茶を飲みながら、夏菜子がぽつりとつぶやいた。
うん、ありがとう。
私、しあわせなのよ。
たぶん、しあわせなのだろう。
くるくる、くるくる。
気持ちが回る。
湊人、夫、義母。
それぞれの向きから吹いてくる風を感じながら。
風車、もう一度、自分の手で回してみようか。
おだやかな寝息をたてる湊人の頬を、そっと撫でた。
……………………
シロクマ文芸部の企画に参加させていただきました。
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