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邪よ永遠に〜『セックスロボットと人造肉 (テクノロジーは性、食、生、死を“征服"できるか)』レビュー〜

テクノロジーの進歩が凄まじい。最近のそれはAI技術の急速な進歩によるところも大きいようだ。例えばchatGPT、例えば生成AI画像、その他自動翻訳や金融予想まで様々な分野でAIが利用されている。またAI以外でも、様々なテクノロジーが日進月歩で進化する。それは人類の歴史において常に行われてきた言わば当たり前のこだ。しかしそのテクノロジーが問題になることもある。

それはこんな分野で起こりがちだ。セックス、食べ物、誕生、死など、人間の根源に関する分野だ。このような分野は、以前は科学技術では解決出来ないとされてきた分野であり、科学技術が踏み込むことをタブーとされてきた分野だ。そういう分野へテクノロジーが入り込むことで様々な衝突が生まれ問題が起きる。良いか悪いかを別にして、現状これらの分野におけるテクノロジーが大きな進歩を遂げているようだ。

そんな分野の最先端テクノロジーの現在地を示し、その問題点を暴き出してくれるのが、今回紹介するこの本だ。

『セックスロボットと人造肉 (テクノロジーは性、食、生、死を“征服"できるか)』ちょっとギョッとするセンセーショナルなタイトルだ。著者はジェニー・クリーマン。イギリスのジャーナリスト・ドキュメンタリー製作者の女性で、これが最初の著作らしい。

本書は、セックスロボット(ラブドール・リアルドール・ダッチワイフという呼び名の方が馴染みがあるかもしれない)、人造肉(人工肉・培養肉とも言う)、人工子宮、安楽死装置、それぞれの分野のトップランナーを取材し、その人物たちがどのような衝動や理念によってその事業を進めているかを明らかにし、それに対する著者の考えや問題定義をしていく内容だ。

詳しくは本書を読むことをお勧めするが、AIを搭載し会話が可能なセックスロボット、研究所で作られる肉のようなモノ、「バイオバック」と呼ばれる在胎月齢24週の超早産児の生存可能性を高める人工子宮、3Dプリンタによる出力でどこでも組み立て可能な安楽死装置。どれも数年前には想像もしなかったレベルまでテクノロジーが進化している事が示される。

さらに、これが本書の肝であるのだが、各業界のトップランナーたちへの膨大なインタビューが綴られる。彼ら彼女らは自分の提供するテクノロジーに対して「人の助けになる」「求めている人たちがいる」と豪語する。しかし著者は冷やかだ。そこにトップランナーたちの金銭欲・名誉欲・承認欲求を見出していく。そして弱者を食い物にしたり、僅かな超富裕層しかサービスを享受出来ないといった問題点を暴いていく。その点でこの本は社会的にとても有意義だ。著者のインタビューは、トップランナーたちの邪(よこしま)な心をあぶり出すかのよう上手く質問していく。その様はとてもスリリングで読み応え充分だ。そして概ね著者はトップランナー達の邪な心に否定的だ。

しかし、僕はちょっと異議を唱えたい。それは、「邪でいいじゃないか」と思うからだ。著者は、人間の邪な心のパワーを毛嫌いし過ぎ、もしくは低く見積りすぎじゃないかと思うのだ。邪な気持ちで触って欲しくない分野だと言う著者の気持ちは充分わかるのだが、それでも僕は反論したい気持ちを抑えられない。なぜなら僕が邪な心の持ち主だからだ。そして自身の行動原理を考えると、邪な心のパワーをもっと肯定的に考えざるを得ないのだ。15歳の頃なぜギターを始めたのか?モテたかったからだ。18歳でなぜオートバイの免許を取りにいったのか?モテたかったからだ。なぜ2浪してまで大学にいったのか?社会に出る前に4年間遊びたいと思ったからだ。なぜ仕事をが頑張るのか?ちょっとでも人より良い暮らしがしたい思っていることは否定できない。つまり、これまでの人生で僕を駆動してきたものは、全て「邪な考え」といって良いだろう。もちろんこの世にはそうじゃない人もいるだろうが、少なくとも僕は、邪な心のパワーでここまで生きてきたといっても過言ではない。

そしてこれは、僕だけではないと信じているがどうだろう。例えば偉大なバンドマン、ジョン・レノンやポール・マッカトニー、スティーブン・タイラーやジョー・ペリー、ジェームス・ヘットフィールド、カーク・ハメット(注1)だって、みんな最初はモテたいから楽器を手にし、マイクを手にしたのではないだろうか。

偉大なバンド、ビートルズやエアロスミスやメタリカだって、最初は女の子にモテたくて始めた音楽が、信じられないくらいのファンを生み、世界中の人に影響を与える存在になったのではないだろうか。僕は、この本に出てくる邪なトップランナーたちも、高尚な存在に変わる可能性があるのではないかと考える。その可能性には2つの重要な点があると思っている。

第1は、事物そのものに対する探究心だ。僕の例で恐縮だが、初めはモテたくて始めたギターも弾けるようなるにつれて、ギターそのものが楽しくなり探究心が芽生える。そしてギターの弾き方、ギターの素材や機械装置、周辺機器まで興味が広がっていく。そこにはモテたいという気持ちより、上手になりたい・もっと詳しくギターを知りたいといった欲求のほうが上回っている。

そして第2は、ファンを含めた周りの人間の存在だ。これまた自分の例になってしまうがバンド活動というのは自分一人では出来ない。周りの人間の協力あってこそだ。その時僕は自分のためだけという考えから、人のためという考えも生まれた。僕のようなアマチュアバンド止まりの人間でもそうなのだ。ましてビートルズなどの世界的なバンドは、周りの人間の数も多くなる。なによりファンの存在が大きいだろう。彼らの気持ちの中には、ファンの期待に応えたいという社会的な発想も生まれるだろう。このように、始まりこそ邪な考えだったものが、邪な考えを超えるような思考になっていく可能性は充分にある。

だから僕は、邪パワーを一旦良しと認めることが必要だと考える。邪パワーを一旦認め、そこから出てくる高尚なものに期待するという考えもあり得るのではないだろうかと思うのだ。そしてトップランナーたちが、邪なままで終わらないように関係者がハンドリングして行くのが良いのではないだろうか。それはファンがバンドマンを普通の人間からスターへ変えていくかのように、常に起こり得ることだと考えるのだ。

テクノロジーの進化は止まらない。これからもきっと邪なトッププランナーたちが数多く現れるに違いない。またこれは筆者も書いていることだが、現在のトップランナーたちも、新しいプレイヤーに取って代わられる可能性もある。その新しいプレイヤーの中には、邪な者もいれば高尚な人間もいるだろう。つまり淘汰される存在なのだ。それは僕ら周りの人間が淘汰していくのだろう。その淘汰の過程で僕は、一旦邪なパワーを認めたい。そしてその邪なトッププレヤーたちから高尚な先駆者になる者が生まれるだろうと考えている。

(注1)
ジョン・レノンは、ビートルズのメンバーでボーカルとギターを担当。

ポール・マッカトニーは、ビートルズのメンバーでボーカルとベースを担当。

スティーブン・タイラーは、エアロスミスのメンバーでボーカルを担当。

ジョー・ペリーは、エアロスミスのメンバーでギターを担当。

ジェームス・ヘットフィールは、メタリカのメンバーでボーカルとギターを担当

カーク・ハメットは、メタリカのメンバーでギターを担当

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