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読書感想文の課題図書って、書きやすいのか? 司書と教員の有資格者が読んで検証してみた

はじめに
 今年も、夏休みが迫ってきた。長期休みに心躍らせている児童生徒は多いと思うが、同時に宿題もある。そして、ほぼ全員が読書感想文という課題を抱える。
 去年は、書き方の攻略法を連載した。方法として私が思いつくことは大体書いてしまったので、今年は何も書かないのも含めて考えた結果、課題図書を読んでみることにした。


図書の選び方
 もしもラーメン屋で麺を楽しんでいるのに、隣りの客に「スープが美味しいでしょ」と口を挟まれたら、どのような気分がするだろうか。正直、読書感想文コンクールにおける選定理由は、ラーメン屋の隣り客に等しい。楽しみ方位、個々人に委ねさせてくれと言いたくなるのだ。もちろん、ラーメン自体(ここでいう図書)に何の問題もない。
 下記に挙げた課題図書を手に取る際も、どうか文科省のポイントにあまり振り回されることなく、思ったことを文章にすることを心掛けて欲しい。また、課題図書で無い場合も、国語で問われる筆者の意図に集中しないで、素直な感想を重視すべきだと思う。

 今回は保護者が選ぶ可能性も考えて、小学校低学年だけ2冊、中学年、高学年から1は冊ずつ選択した。中学生以上は恐らく適当に個々人が選ぶと思うため中に入れていない。ちなみに本は全て、小学生の自分だったらどれを手にしたいと思うか、を基準に選んでいる。
 私の個人的な感想も書いてはいるが、好みを論じるためではなく、できるだけ読書感想文の課題図書として話を展開したつもりだ。それぞれ紹介の最後に、文章の平易さ、図書の分厚さ、書きやすさの3つのポイントでの評価を記したので、そちらも参考にしてもらえると幸いだ。

小学校低学年

磯みゆき「それで、いい!」(ポプラ社)

あらすじ
 絵を描くのが大好きなきつねは、展覧会に向けてみんなが驚くような絵を描きたい。しかし、周囲から「もっと端まで色を塗った方がいい」などの言葉をかけられて、気持ちだけが空回りする。悩んでいるとき、きつねの絵が好きだといううさぎと会ったことで、やる気を取り戻していく。

感想
 きつねが主人公でしかも、悪役ではないという点にまず驚いた。内容としては、一度自信を失ったきつねが再び自分の気持ちを大切に創作できるようになったのは良かったと思う。

感想文を書くに当たって注意したいこと
 絵が多いため、読書週間のない児童でも読みやすい作品だとは思う。また、内容に関しても、これが課題図書でなければ素敵な話だなと感じただろう。しかし、個人的に1点気になる所がある。きつねが描いてボツにした絵を、うさぎが家で飾っていた点だ。物語の中では、きつねがやる気を取り戻すきっかけとなる大切な部分だが、個人的には著作権の点で気になる。
 著作権の中には「自分の著作物で、まだ公表されていないものを公表するかしないか、公表するとすれば、いつ、どのような方法で公表するかを決めることができる権利」がある。きつねがボツにしたということは、その絵は「公表しない」を選択したことになる。絵を捨てる際の具体的な描写がないため、はっきりと言えない部分はあるが、ボツにしたものを勝手に他人が所有するのは、法律違反ではないかと思うのだ。
 寓話的な話に、日本の法律を持ち出す必要はないと思うかもしれない。しかし、この図書の推薦理由には「自己肯定感が小学校低学年なりに伝わってくる」と書かれている。現代社会における道徳や価値観の話を持ち込むのなら、法律も無視すべきではないと思うのだ。そのため、この物語を読書感想文に使いたい際にも、子どもに著作権の話は、伝えるべきではないかと考えている。
 著作権の話を子どもにするのは、面倒だと感じるかもしれない。特に低学年なら、尚更だ。ただ、子どもだからといって知らないままだと、どこかでトラブルに巻き込まれる可能性もある。
 子どもが沢山の動物や、キツネのひたむきさ等に感関心を持って読書感想文を書くなら良いと思うが、ウサギの行動にも言及するなら、やはり少し大人の補足が必要になると推測する。

文章の平易さ:◎
図書の分厚さ:うすめ
書きやすさ:微妙(著作権の点)


 さて、選んだ本が予想よりも書きづらい。この後に紹介する中学年と高学年も予備知識が必要という意味での難しさはあったのだが、この低学年の本は著作権という別の意味で難しい。
このままではスッキリしないので、他の課題図書を読んでみることにした。ただ、生憎と今年のものは手に入らなかったので、昨年のものから紹介する。


ミゲル・タンコ作「すうがくでせかいをみるの」(ほるぷ出版)

あらすじ
 パパは絵、ママは昆虫採集、お兄ちゃんは楽器、とそれぞれ好きなことを持っている。主人公のわたしは色々と試した中で、数学が好きになる。生活の色々な所に隠れており、数や形を見つけて考えるのが楽しいのだ。

感想
 学生時代、数学は苦手科目だったが、本作の主人公を通して見る世界は楽しそうだ。個人的に計算には苦手意識があるものの、彼女のようにあれこれと考えてみたい、と数学に興味が湧いた。

感想文を書くに当たって注意したいこと
 平易な文章と沢山のイラストで構成されており、読みやすいと思う。また、数学に苦手意識を持つ私のような大人とは異なり、低学年の方がより素直に楽しめると想像する。
 注意点を挙げるとすれば、先に紹介した「それで、いい!」のきつねのように、主人公の気持ちの動きが沢山ある訳ではないため、物語として感想文を書くのは難しいかもしれないところだ。ただ、生活に隠れている数や形を見つけた実体験に結びつけられたら、感想文として成立する。また、主人公のように好きなことを見つけたい、といった内容でもまとめられる。
 巻末には数学用語をイラストと共に紹介している「数学ノート」も付いており、主人公になりきって生活の中で数や形を見つけやすい仕様になっている。場合によっては自由研究と絡めることもできそうで、かなりおすすめできる図書だと感じた。

文章の平易さ:◎
図書の分厚さ:うすめ
書きやすさ:書きやすい


小学校中学年


オンジャリQ・ラウフ「フードバンクどろぼうをつかまえろ!」(あすなろ書房)

あらすじ
 主人公ネルソンと妹は、母との3人暮らし。母の給与が多くないため、学校でこっそり提供される朝ごはんや、寄付から成り立つフードバンクを利用している。ある日、家族でフードバンクへ行くと食品が全然ない。誰かが不正に食べ物を持ち出しているのではないかと疑ったネルソンは、友人達と張り込むことにする。

感想
 ネルソン達が張り込むシーンや、その計画を立てる場面はワクワクする。その意味で、外国のフードバンクという馴染みのない話でも、楽しく読めた。

感想文を書くに当たって注意したいこと
 本筋には関係ないものの、主人公のネルソンや友人の1人は恐らくヒンズー教徒として描かれている。上記のあらすじに書いたフードバンクの話を合わせて、舞台がどこか分かった人は居るだろうか? ヒンズー教だから、インドと思うかもしれない。
 しかし、この物語の舞台はイギリスだ。今までハリーポッターにしろ、シャーロックホームズにしろ、白人が主人公の話ばかり読んできた私は、恥ずかしながらなかなか理解できなかった。物語をしっかりと理解しようと思えば、ある程度舞台設定への理解が必要になる。この作品の場合言うまでもなく、イギリスとフードバンクの2つが重要なポイントだ。本作は平易な文章で書かれてはいるが、両者への知識があることで一層分かりやすくなる部分があるだろう。個人的にも、読み終えた後に少しインターネットで調べて情報を補完した。
 正直、読書感想文だけで終わらせたいのなら、予備知識が必要になるこの作品はあまりおすすめしない。しかし、自由研究や社会科の宿題などでフードバンクやイギリスについて調べるなら、一挙両得だと言える。個々人のスケジュールや予定に合うなら、良い選択になるだろう。

文章の平易さ:◎
図書の分厚さ:うすめ
書きやすさ:やや書きづらい


小学校高学年


松島恵利子「中村哲物語:大地をうるおし平和につくした医師」(汐文社)

あらすじ
 アフガニスタンで、人々の生活に貢献し続けた中村哲医師の伝記。幼い頃のエピソードや、その頃から大切にしてきた信念も書かれている。タイトルに「大地をうるおし」とあるように、井戸を作ったり、農業に使う水の整備をしたりと、日本の病院に居る医師のイメージとは違う話も沢山登場する。

感想
 個人的に伝記はほとんど読んだことがないのだが、中村哲医師のすごさが分かる本だった。薄めの本だったので、手に取りやすかった。

感想文を書くに当たって注意したいこと
 はっきり言って小学生にこの本を渡しても「中村哲医師はすごいなと思いました」で、終わりかねない。すごいエピソードが並ぶ分、感情移入できるタイプの本ではないからだ。加えて、人生を追いかける形で描かれるため、1つ1つがさらりと書かれている所も多くて印象に残りにくいように感じる。中村哲医師のことを知る入口としては良いのかもしれないが、アニメの総集編だけを観て感想を書け、というのに近い難しさがある印象だ。
 この本で小学生が書くなら、あらすじがメインでそこに時折「びっくりしました」などの感想が入る形に落ち着くと思う。感想文のあらすじを冗長だと嫌う大人も居るが、起承転結のある物語ではないため仕方ない。
 どうしてもあらすじばかりの感想文になるのを避けたいのなら、方法は2つだ。1つは当然ながら別の本を選ぶこと。2つ目は、作中に出てくるアフガニスタンやハンセン病などのことを調べて、書かれている状況への理解を深めることだ。知識があればあらすじではなく、具体的な感想が湧いてくるだろう。私が小学生なら多分1つ目を選ぶが、中学年向けの作品と同様に、自由研究などの別課題と絡められるなら2つ目の方法も良いと思う。

文章の平易さ:◎
図書の分厚さ:うすめ
書きやすさ:書きづらい


終わりに
 上記の本に限らず、どれでも「〇〇はすごいと思った」や「〇〇は良くないと思った」といった薄い内容であれば、書けるとは思う。ただ、その感想文は書いていて楽しいだろうか。
 私自身は読書が好きだが、読書感想文は嫌い、という子どもだった。算数のように求められている答えを導かないといけないようなプレッシャーがあるくせに、それが不明瞭でイライラしたのだ。
 できるなら、面白いと感じた素直な気持ちや本の内容を書いて欲しい。何が琴線に触れるかは個々人によるので、課題図書の内容自体をとやかく言うつもりはない。子どもたちが、読んで良かったと思える本に巡り合うことを願うばかりだ。



参考文献
図書の表紙は下記リンクより転載致しました。
 
読書感想文全国コンクール公式サイト「課題図書」(2023年7月2日19時30分閲覧)
読書感想文全国コンクール公式サイト (dokusyokansoubun.jp)
絵本ナビ「すうがくでせかいをみるの」(2023年7月2日19字31分閲覧)
すうがくでせかいをみるの | ミゲル タンコ,福本 友美子 | 絵本ナビ:レビュー・通販 (ehonnavi.net)

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