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プライバシーガバナンスの実務とプライバシー理論


1. 導入

(1) Data/DX-プロジェクト支援からガバナンス支援へ

AsiaWiseのData/DX Teamは、2020年のチーム発足前後から、多くのデータ利活用案件とDX(デジタル・トランスフォーメーション)推進案件の支援業務のご依頼を頂いてきました。当初は、ご依頼案件の100%が、各クライアント企業における個別プロジェクトの支援業務でした。個別プロジェクトは、文字どおり個別のプロジェクトにおけるデータ利活用やテクノロジーの社会実装を支援するものであり、個々のプロジェクト毎に、取り扱うデータ、データフロー、システム、テクノロジー、対象国等様々な要素が異なっていることが通常です。そのため、個々のプロジェクト(案件)毎にゼロからプロジェクト理解を始め、プロジェクト(案件)毎に最適解を導いていくことが必要であり、これはこれで相当の知見やその場その場での知恵を絞り出すことが求められます。

ところで、個別プロジェクトが一定数解決すると、多くのクライアント企業から次のステップへのニーズが示されます。それがすなわちガバナンスの問題です。大きな企業になればなるほど、当然のことながら、多数の個別プロジェクトが企画され、実際に実行へ移されていきます。そんな多数のプロジェクトの全てについて、個別に手取り足取りサポートすることは、各クライアント企業の担当部署にも、我々AsiaWiseにも到底不可能です。適切なガバナンス体制を構築し、ある程度標準的なプロジェクトについては、個別プロジェクト支援の手から離れるように設計したいと考えるのは当然のことといえそうです。


(2) ガバナンス体制構築の難しさ

ところが、このガバナンスの在り方をどう設計するかということが、個別プロジェクト支援に比しても難題となります。私も実際に、いくつかの企業からこのような悩みを聞いてきました。

難しさの理由はいくつかあると思いますが、1つ指摘するとすると、目指すべき世界観やルールが曖昧又は形成されていないということが指摘可能だと思われます。すなわち、これまでのガバナンスは、目指すべき世界観がはっきりしており、そのために必要なルールもある程度整備されている状況から出発することが可能でした。ところが、データ利活用やテクノロジーの社会実装となると、データ利活用で可能となる事柄やどういう危険があるかといったことが今ひとつ体系的に整理されていませんし、テクノロジーの進歩は激流のように激しく、専門家でない者にとっては複雑さを極めています。このような状況では、寄る辺になる世界観やルールはなかなか形成されませんので、これまでと同じような発想や手法でガバナンス体制を構築することが難しくなります。


(3) ガバナンス体制構築の試み

これまでのルール先行型のガバナンスが妥当しないとすれば、どうすればよいでしょうか。近時、同じような問題意識からアジャイル・ガバナンスと呼ばれるガバナンスも提唱されているところですが[1]、その実現方法についてはまだ研究が進んでいません。ただ、アジャイル・ガバナンスと叫んでいるだけでは、それはただの場当たり的対応となりかねません。何らかの思考枠組み/フレームが必要となります。

AsiaWise Data/DX Teamでは、この点について、帰納的手法が有効であると考えました。すなわち、ルール先行型、言い換えると演繹的なこれまでのガバナンスが難しいとすれば、それに対応するには帰納的なアプローチが有効であろうという発想です。そして、実際に、いくつかの個別プロジェクト支援を積み重ねた結果得られる、各クライアント企業特有の特徴や検討ポイントを取り纏めることで、その企業に合ったガバナンス的な視座が得られます。

そして、これをさらに昇華させて企業の垣根を越えたところで、データ利活用、特にご依頼件数の多い個人データ利活用に関するプライバシーガバナンスの思考枠組み・フレームを得ることが可能となりました。


(4) 本連載について

私は既に、個別プロジェクト支援とガバナンス設計支援のそれぞれについて、その知見の一部を公表してきましたが(例えば、ビジネス法務2021年11月号~2022年5月号における連載)、この連載は、ガバナンス、特にその中でもご依頼の多いプライバシーガバナンスの方向性について、AsiaWiseの現時点での考え方を、日本における最近のプライバシー理論との類似性もご紹介しながら、何回かの連載として掲載することを試みるものです。

同様の内容は、私が登壇しているセミナーや、企業様との情報交換などでお話ししていますが、文章として起こすのはこれが初めてとなります。

不定期連載で、かつ論文ではなく私がエッセイ的に書いていくものとなりますが、次回以降、具体的な内容に入っていきたいと考えています。



[1] https://www.meti.go.jp/press/2021/07/20210730005/20210730005.htmlなど参照。

著者:渡邊満久
AsiaWise法律事務所 パートナー
弁護士(日本)

<Career Summary>
弁護士登録後、企業を当事者とする紛争・訴訟に強みを有する国内法律事務所にて5年強、M&A等の企業法務を主に取り扱う外資系法律事務所に1年半強勤務し、訴訟・仮差押え・仮処分等の裁判業務、税務紛争、M&A、債権法・会社法・労働法・消費者関連法等企業法務全般の経験を有する。近時は、個人データに限らずデータ全般を利用したビジネス・プロジェクトの立ち上げ支援、データプライバシー、データを含む様々な無形資産の権利化といった側面から、日本国内のみならず、東南アジア、インド、中東、ヨーロッパ、米国を跨ぐ、企業のDXプロジェクトの促進に取り組む。
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