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インスタント妖怪

  

「いらっしゃいませ」
「これなんですか」
「おお、お客さんお目が高い。それはインスタント妖怪です」
「インスタント妖怪? このカップ麺が?」
「そう。お湯を入れてたったの3分で妖怪が出来上がります」
「まさかマジでそう言ってるの? 頭だいじょうぶ?」
「失礼な。妖怪は実在するのです。最新鋭の科学技術により、妖怪の生態エネルギーをとらえてカスケード効果により圧縮され、役に立つ妖怪へと変貌を遂げたのです」
「なんだか気味が悪いわね」
「まさか! ご購入くださったお客のみなさんには、喜ばれております」
「出来上がった妖怪が質問をするのかしら。『なんかようかい』って」
「お客さん、それはスベりますな」
「なによ、ちょっとオヤジしただけじゃん。まあいいわ。それにしても見れば見るほど不気味ねえ。このカップ麺、どんな妖怪が出来るの」
「ちょっと説明書きを拝見。どれどれ……これは、『子泣きじじい』ですな」
「『子泣きじじい』。ダサいわね。カップの色も灰色で。いかにもじじくさいわ」
「とんでもございません。ここは科学の最先端を行く、妖怪のコンビニです。妖怪を売るのが専門でございます」
「ほかにどんなのがあるの?」
「お風呂掃除用の『あかなめ』や、家事手伝いの『あずきあらい』、ペットにもなる『ネコ娘』などがよく売れているようです」
「へー。たしかに説明書きにも書いてある。カップ麺だけに、字が細かいのが見にくいけど、見たところ赤や黄色や模様も色とりどりだね」
「カップ麺の種類にも色いろあるでしょう。インスタント妖怪の種類も色いろです。ごらんください、この赤いカップ。『砂かけばばあ』のイラストが描いてありますでしょう。この円盤状のカップには、『一反木綿』が入ってます。ごらんください、このインパクトのあるロゴ。爆裂するような文字で、『一反木綿』って書いてありますよね」
「ほんとに色いろ、種類があるんだねえ」
「ところでひとつ、注意があります。それぞれのカップのこの隅をチェックしてください。ここです。ここをごらんください。小さな文字ですが、説明がちゃんと書いてあります。インスタント妖怪は、使用上の注意をよく読んでお使いください。昔話のお約束にもあるでしょう。使用上の注意さえ守れば、役に立つこと請け合いです」
「必死になって説明するのね。お客に飢えてるんだ」
「いや……そんなことは……」
「わたしだって、昔話のお約束ぐらい知ってるわよ。ちゃんと注意は守るわ。で、あなたのオススメはなに?」
「先ほども申しましたが、あたしのオススメは、『子泣きじじい』ですな」
「さっきからそればかりだけど、でもわたし『子泣きじじい』なんかより『あずきあらい』のほうがいいな。家に帰ったらあたたかい料理が待っていそうだから、そっちにしよう」
「『あずきあらい』は主婦の方にウケておりまして、ただいま品切れ中でございます」
「妖怪が品切れ……」
「『子泣きじじい』は、妙齢のあなたにピッタリの妖怪です。ストーカーなどの変質者や侵入者がやってきたら、泣いて知らせてくれます。SECOMよりも確実です」
「泣いて知らせてくれるだけ?」
「それを聞いたら侵入者はおそれをなして逃げだします」
「でも、おじいさんと同居なんて介護が大変そう」
「だいじょうぶです。妖怪は年を取りません」
「でも、エサはどうするの? あと、着替えは?」
「どちらも不要です」
「でもなあ、じいさんだもんなあ。イケメンだったら、同居してもいいんだけど。まさか夜になると襲って来たりしないよね」
「だいじょうぶです。コイツは泣くだけが取り柄ですから」
「返品可能かしら」
「クーリングオフが可能です」
「おいくら?」
「お財布に入っている五円玉でけっこうです。ご縁が出来ます」
「今どきキャッシュなんてあり得ない。スマホ決済でお願い」
「今どきの子は、財布なしですか……ピッ、はい。出来ましたよ」
「ありがとう。SECOMが五円で買えたわ!」
「お客さん! 待ちなさい、ちゃんと説明書きを読んでから……あら、行っちゃったよ。だいじょうぶかな。あたしにとってあれが最良の客なんだ、なんだか心配だなあ。クーリングオフなんかしてほしくないなあ。若い子だから、妖怪のおそろしさなんて知らないだろうし。そのうち妖怪のイタズラに悩まされるんじゃないだろうか。冷蔵庫の中を荒らされるとか、クローゼットの中がめちゃめちゃになってるとか、クレームがいっぱい来てるんだよね。あたしだってこんな商売はやりたくないが、ほかに出来る仕事がないし……」
 こうしてそのお客は、帰ってからさっそくインスタント妖怪を作ってみた。
 するとどうだろう。お湯を入れて3分。カップの蓋をあけたとたん『子泣きじじい』がどーんと出てくるではないか。
「わー、まさかほんとに妖怪が出てくるとは思ってなかった。頬をつねってみよう」
「おぎゃあ、おぎゃあ」
「痛いか。おーよしよし。これは現実なんだね? そう。なるほど。うん? どうした? ちょっとォ、恨めしそうな目で見ないでよ。お腹が減ってるの?」
「おぎゃあ、おぎゃあ」
「しょうがないわねえ。迷子の子猫じゃないんだから、泣いてばかりじゃ困るわよ。わたしにどうしろって言うの。ワンワン泣けって言うの」
「おぎゃあ、おぎゃあ」
「手が付けられないわね。とりあえず、椅子に座ってちょうだい。あら、足が短いわねえ。顔なんか赤ん坊みたいに真っ赤だし。ちょっとお茶でも飲んでみる? はい、どうぞ。あ、じゃーっと水をこぼした。ダメじゃんイタズラしたら。こら、スリッパの中に濡れたティッシュを詰め込まないで! スリッパがめちゃめちゃじゃないの!」
「おぎゃー」
「なんてイタズラものなの。どうしてくれよう」
「おぎゃー」
「うるさいわねえ、おとなしくしなさい、こつん」
「おぎゃ!」
「おしおきしたら行儀良くなった。聞き分けのいい子だね。ふむふむ。ちょっと立ってくるっと回ってごらん。背中の簑(みの)はダサいけど、このつぶらな瞳は可愛いね。キラキラしちゃって、参っちゃいそう」
「おぎゃぎゃ?」
「ああ、その仏壇? うちは代々、小さな仏壇を持つことにしてるのよ。一人暮らしのわたしをご先祖さまが守ってくれるようにって亡き母が。でも、わたしにはSECOM妖怪がいるからなあ」
「おぎゃあ、おぎゃあ」
 その時、扉を激しくたたく音。彼女はビクンとした。怒鳴り声が響き渡る。
「美代子! いるのはわかっている! 出てこい!」
「ひゃあっ、ストーカーの大西だわ。子泣きじじい、助けて!」
「おぎゃっ!」
 ドスッと扉が開く。その向こうに大西が! 顔面蒼白になる美代子。『子泣きじじい』がびゅんと飛び出す。
「おぎゃあ、おぎゃあ」
「なんじゃこりゃ? おい、じじいッ、おれをどうするつもり……肩に乗るな!」
「おぎゃあ、おぎゃあ!」
「うるせいッ。がなるな! 振りほどいてやる、エイッ」
「おぎゃあ、おぎゃあ」
「簑が絡みついて取れん。エイ、エイ」
「おぎゃあ、おぎゃあ」
「もがけばもがくほど簑が……! 貴様ッ何者だッ、肩がどんどん重くなる。せ、背中がきしむ!」
「おぎゃあ、おぎゃあ」
 美代子は転がり込んできた大西を見下ろした。大西はじじいにつぶされている。
「ふっふっ。大西、それはインスタント妖怪『子泣きじじい』なのよ。これに懲りて、もうここには来ないことね」
「なにインスタント妖怪だと」
 大西は、火事場の馬鹿力で妖怪をふりほどいた。
「そのカップ麺がそれなのか」
「ちょっ、気をつけて! 注意書きが……」
「うるさい。なになに、注意書きだと? どれどれ。この妖怪には仏飯をあげないでください。ふっ、仏さまのごはんが弱点か!」
「大西、やめて!」
「ほーれ、仏飯をやるぞ」
「むしゃむしゃ」
「おや、急に妖怪が泣き止んだ。ふん、口ほどにもない」
「だ、だいじょうぶ『子泣きじじい』?」
「おぎゃあ……」
「しっかりして『子泣きじじい』」
「もうおれには逆らうんじゃねえぜ……え、おい、どうなってる。どんどん妖怪が大きくなるぞ」
「おぎゃあ……!」
「ま、待て、話せばわかる!」
 じいさんは、大西にのしかかった。もうれつに頬をすり寄せ、泣きじゃくりはじめる。
 大西はつりあがった三角の目をほそめて言った。
「あれ……? こいつよく見ると可愛いな」
「そそそそ、そうなの?」
 美代子がドン引きしていると、大西は大きくなった『子泣きじじい』が寄せてくるのにもめげず、 よしよしと頭をなでている。
 美代子はつぶやいた。
「仏飯をあげたから、相手が普通より可愛く見えてきたのかな。こうしてみると、大西もそんなに悪いヤツじゃないのかもしれない」
「キャッキャッ」
 『子泣きじじい』が大西の身体中をスリスリしているが、彼は構わなかった。殺気だったところがなくなり、美代子の目から見てもイケメンになっていく。
「『子泣きじじい』がいまは『ネコ娘』みたいだな。妖怪後だけに、要介護なら任せておけ」
 大西は、請け合った。美代子はビックリして目を見張った。あんなに乱暴で身勝手だった大西の言葉だとは思えなかったのだ。
「大西さん。それ、マジで言ってるの?」
「マジさ。美代子、今まで勝手ばかりやってきて悪かった」
 二人は見つめ合った。
 それを確認すると、『子泣きじじい』はパアッと光りだした。
 そのまま光の粒になって消えていく。
「――『子泣きじじい』……!」
 美代子は、驚いて叫んだ。『子泣きじじい』は厳かに言った。
「私は縁結びの神。仏飯により、奴隷妖怪の身から本来の姿に戻れた。大西も、本来の姿に戻れた。ふたりともいつまでも仲良く暮らすがよい」
 『子泣きじじい』は光の粒になって消えていった。

 美代子が大西姓になったのは、それからまもなくのことである。(了))

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