愛知県芸術劇場 ソーシャルインクルージョンワークショップレポート⑵

愛知県芸術劇場実施された『ソーシャルインクルージョンワークショップ2021〜アートとコミュニケーションについて体験し・考え・話す3日間〜』。障害とアートやコミュニケーションについて答えを決めずにいくつかの切り口で考えた時間をレポートとして残す。

2日目 アートとコミュニケーション 情報保障とは?

情報保障とは、代替手段で情報を伝えることで、これまで情報を得られなかった人たちの知る権利を保障する取り組みである。舞台芸術の分野では、より多くの人が劇場を利用できるようにする、アクセシビリティ向上のために情報保障が取り組まれており、当事者団体とともに徐々にガイドブックなどが作成されつつある。二日目のワークショップでは、情報保障に取り組む劇場の事例紹介や愛知県芸術劇場で情報保障が行われた作品の一部を体験しながら、関わったアーティスト、劇場関係者のトークを聞いた。

穂の国とよはし芸術劇場 PLAT でプロデューサーを務める矢作勝義さんは、以前勤めていた世田谷パブリックシアターで20年ほど取り組んできたアクセシビリティ向上のためのプログラムについて話した。視覚に障害のある人も観劇しやすいように行う事前舞台説明会では、実際の舞台セットを用い、音の聞こえ方や距離感を体感してもらい、作品内容や舞台美術の配置などについて伝える工夫をしてきた。作品内容を把握し、説明会用台本を作るには、公演数が多く、説明会に関わるスタッフが事前にリハーサルや本番などを何度か見られる作品であることが条件になる。費用対効果でない意義を共有して継続できるかが課題になるという。地方都市では東京と比べて、人口に比例して当事者の母数は少なくなる上に、長期間の公演実施は難しいため、情報保障を実施する際の課題は際立ってくるのだろう。しかし暮らす場所によって、障害のあるために舞台芸術に触れる機会の格差があることは本来的には問題である。

字幕付きの舞台が持つ意味

次に、AAF戯曲賞受賞者で、2019年愛知県芸術劇場で『俺が代』の再演をした、かもめマシーン・萩原雄太さんは、演出家・劇作家として、情報保障を表現に組み込む葛藤について語った。『俺が代』は、海外の演劇祭などでも上演するために英語字幕をバックスクリーンに投影する形で制作されている。劇場から「聴覚に障害のある人にも一緒に楽しんでいただけるようにしたいので、英語字幕とともに日本語字幕をつけた上演をできないか」と相談があり、彼は軽く引き受けた。いざ日本国憲法に関わるテキストを読む俳優のセリフを英語とともに投影すると、日本語の印象がきつすぎ、台本をもとに上演するはずの舞台作品が、台本に従属した形で上演されているように感じられたという。結局字幕の見せ方を自ら工夫し、一人の担当者(この場合は萩原さん)が座席前におかれたタブレットに日本語字幕を出しながら、バックスクリーンの英語字幕も同時に切り替えられるシステムを構築することになった。また作品演出もしながら、日本語字幕に俳優のセリフ以外の物音や音の終わりについて言葉で説明するかどうかの選択をすることは、同時に作品を二本作る負荷と同じになったという。


ワークショップ参加者らは、実際に日本語字幕をバックスクリーンに投影したバージョン、座席前におかれたタブレットに流れる台本の文字と、無音の公演映像を体験するバージョン、音声ありの公演映像でタブレットの台本文字も見るバージョンの三つを体験した。舞台奥に投影される台本は、日本国憲法に使われる漢字の固さゆえに、目線を文字とその文字の意味を読み取ることに集中させ、舞台上の俳優の動作は文字に付随したものに見えるかもしれない。戯曲を読む体や舞台上に存在する体を見せたいと言う萩原さんには妥協できない点であることも体感できた。

創作の工夫と前提に気づく

最後に、愛知県芸術劇場、愛知県美術館を横断する演劇パフォーマンス作品『ムンク|幽霊|イプセン』(2020)の構成・演出を行った第七劇場・鳴海康平さんが、本作で実施された視覚障害のある人に向けた情報保障としての音声ガイドと舞台説明の取り組みを紹介した。本作の音声ガイドは、名古屋ライトハウス情報文化センターのボランティアグループ「みよまい会」のメンバーで、自身も俳優として活動する深山さんを中心に行われた。みよまい会は、当事者のフィードバックをもらいながら映画の音声ガイドを作り、上映会をする活動をする団体である。トークには深山さんも参加し、映画とは違い、毎回の上演で変化する舞台の音声ガイド作りに初めて取り組んだエピソードを共有した。彼女はほぼ毎日作品の稽古に通い、音声ガイドの台本作りを試みながら、みよまい会の先輩やライトハウス利用者をモニターにしてアドバイスをもらい、音声ガイドを完成させた。本番の上演時には、演出の鳴海さんが舞台セットや内容についての説明を工夫し、実際に舞台上を歩いて広さを体感してもらう舞台説明会を行い、深山さんが上演を見ながら読み上げる音声ガイドがFMラジオから流れたことで、視覚障害のある人も観劇ができる公演が実施された。
鳴海さんは、アーティストとして観客の感じ方を想定し、作品を作り上げようと試みているが、情報保障の取り組みにより観客には目が見える・耳が聞こえる人たちを前提にしていたことに気がついたという。ある障害を持つ人には、楽しめないという批判をきちんと受け入れる必要があること、様々な障害に対応する情報保障を民間のカンパニーが行う難しさについても共有された。劇場の矢作さんによれば、だからこそ劇場の枠組みの中で情報保障に取り組むことが重要だという。


最後に登壇者全員でのトークで示された、芸術に含まれる「情報-体験-コミュニケーション」の三層の話は興味深い。作品制作と同じく、当事者にとっての情報保障を本当の意味で成立させるには、体験やコミュニケーションを作り出し、創造性を持つ翻訳の作業が必要となる。情報提示の仕方を工夫することが創作の一部であり、上演の時空間で観客とのコミュニケーションを考えるアーティストらの発想は、情報保障と作品を相互に進化させる可能性を秘めている。その一方で、アーティスト一人が情報保障を担当することは、良い作品や良い作品体験を作ろうとするアーティストの気持ちを利用する危うさを持つと言えるだろう。


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