STAY 【曲からチャレンジ】②

おれのヨメは怖い。
ヨメなんて呼称を人前で言ってしまったら多分しばらく口もきいてくれないくらい、怖い。

後輩が仕事やプライベートのことで悩んでいたら、先輩としてほっておけないじゃないか。健康診断なんかあとまわしだ。
それを朝っらぱらから「社会人失格だ」だの「昭和のサラリーマンか」だの、ぐちぐちとうるさいことこの上ない。
二日酔いの頭がますます痛くなった。
反論する気力もなく、おれは家を出た。

彼女はおれの4年後輩として入社してきた。
それほど目立たないが、明るくて素直そうなところが好ましかった。
数年後結婚することを上司に報告したとき、「社内結婚だからといって彼女を辞めさせないように。どっちかが辞めるんならお前が辞めろ」と冗談を言われたくらい、彼女はまわりから好かれていた。冗談だと信じたい。

素直だと思った彼女は、実はとんでもなく強情で生真面目だった。
数学が苦手と言うわりには曖昧なものを許さない。
プロポーズしたとき、おれが「ずっと一緒にいよう」と言った言葉に「ずっとっていつまで?何年後まで?」と食いついてきた。
「ご、50年くらい…」と苦し紛れに言うと「たった50年でいいのね。わかった」と言われ、おれたちは結婚した。

ああ頭が痛い。吐き気がする。
こんなことで50年ももつのだろうか。

50年か。
おれは80歳を超えるけど、彼女はまだ70歳代だ。
最近の70代女性は、まだまだ若い。彼女が未亡人になったら、まわりのジジイがほっとかないかもしれないな。

二日酔いとは違う冷や汗が出てきた。
想像しただけで吐きそうだ。
彼女より先には死ねない。今日からは飲み会も控えて来週に延期してもらった健康診断に備えよう。

まだ怒ってるかな、と思いながら彼女にLINEした。
しばらくして返ってきたスタンプを見て、おれは心の底からほっとした。



ピリカさま主催の【曲からチャレンジ】企画に伴走させていただいております。

この記事が参加している募集

私の作品紹介

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?