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高校1年 冬③雪解けの前に

部活では自分の脚本の製作と平行して、4月の新入生歓迎公演の準備も進められていった。

こちらも先日のクリスマス公演同様、僕らの代が主体となって作れる舞台だ。


ちなみに、僕の代では演出や舞台監督というポジションは嫌がられていた。

役割の負担、責任の大きさも去ることながら、このポジションは忙しくて演者との兼任ができないことが大きかった。

だって、わざわざ演劇部に入ってくるようなヤツはステージに立ちたいのだ。

自分の行動ひとつで大勢の観客の感情を揺さぶる快感を知ってしまったら、

そこから抜け出すのは容易なことではない。

そして演出や舞台監督になったら役者にはなれない。

だからこそ、僕たちには不文律が存在した。

とりあえずこの部にいる限り、ひとり一度は演出or舞台監督をしなければならない、と。

そしてそれに気付いた頃から僕はとある作戦を練っていた。

そもそも2年生の定期公演、大会、そして最後の定期公演でなにがなんでもそんな大役を押し付けられるのは勘弁だ。

舞台に立てないし。

だから大して観客のいないうちに、演出やっちゃおう。

そんな不埒な想いから、僕は新入生歓迎公演で演出を担当することになった。

ところで、この頃には顧問の角刈りメガネに頼んで高校演劇向けの脚本集を部費で少しずつ集めてもらっていたので上演できる脚本が増えていた。

昭和の古臭い台本を部室から掘り返すか、自分で書くしかなかった選択肢が大きく拡がった。

そしてその中から、春に上演する脚本はホームコメディに決まった。

脚本も僕ららしく噛みくだいて、僕らならではのものとして取り組むことにした。

プロの作る脚本はとても上手だが、高校生には違和感のあるちょっとした台詞回しが目立つ。

役者に合わせてセリフ回しも変更したり、本来いないキャラクターを追加したり、ダレてきたなと思ったら戟を飛ばして喝を入れながら形にしていった。

大笑い、中笑い、小笑いの笑いどころ、しんみりどころなどを意図的に組み入れていく。

本番近くになると様子を観にくる顧問さえも笑い出す。

あれ?

演出楽しいぞ?

あんなに嫌だ嫌だと思っていたポジションの面白さに、少しずつ気付き始めていた。


プライベートでは彼女とは会う機会もどんどん減っていった。

新しい生活が待っている彼女。

そして今の生活を高めたい僕。

距離がどんどん離れていくのを感じながら、でも当時の僕はどうしていいのかまったくわからなかった。

街ではこの頃、椎名林檎がシングル「本能」をリリース。

僕は彼女の家にいくたびに、彼女がいつもこもっている押入れの中でこのCDのB面の「あおぞら」をかけていた。

"明日は心も空も素敵な青"

そうだったらいいな。という願いをこめて、何度も聴いていた。


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