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ロマネスクの「絶望」という名の彫刻と古代ローマのルクレティア

 フランスのロマネスクで有名なヴェズレー(Vézelay)にある教会に悪魔が剣を自分の胸に突き立てる彫刻があり、その題名も「絶望」。なぜ悪魔が絶望して自殺するのか?
 結論としては中世の物語である「薔薇物語」に紹介されていた女が自分に剣を突き立てる画像がある→中世修道院で女は悪魔と見なされている→女は実は悪魔なので悪魔が剣を突き立てている、つまり写本のイラストの女から悪魔への翻案ということではないのかと考えた。

 ギョーム・ド・ロリス著『薔薇物語』(邦訳:篠田勝英)を読んでいると、女性が自分の心に剣を突き刺す古いイメージが出てきた。その女性の名はティトゥス・リウィウスの著作に出てくる「ルクレティア」。(p204-9 物語の舞台は古代ローマ時代。

https://ja.wikipedia.org/wiki/ルクレティア

ウィリアム・シェイクスピアもルクレティアについての詩を書きました。

https://ja.wikipedia.org/wiki/ルークリース凌辱

ジャック・デリダは、「Nietzsche aujourd’hui (1972-1973)(「尖筆とエクリテュール」 朝日出版社 白井健三郎)」の中で、L.クラナッハのルクレティアの絵について言及しています。

ジャック・デリダ 「尖筆とエクリテュール ニーチェ・女・真理」

そのくらい有名な話のようです。

中世では、悪魔はオータンの柱頭彫刻のように女性に化けることがよくありました。それゆえ、逆に、このような女性嫌いの文化では、女性は悪魔を表すこともあり得ます。もしそうなら、この悪魔はルクレティアの本体と見做していたとしてもいいかもしれません。

しかし、物語のルクレティアはまったく無実です。したがって、私はこれがルクレティアの物語の単なる転用であると考えたいと思います。

なお「薔薇物語」にはアベラールとエロイーズが結婚して問題を引き起こしたことが書いてあり、当時も皆の興味の焦点は修道会の運営ノウハウでなく人のありそうもない困難な物語であることがわかります。

さて、薔薇物語に引用された原典をリウィウス「ローマ建国以来の歴史1 伝承から歴史へ」岩谷 智訳、京都大学学術出版会を調べてみます。1巻の終わりがけ119ページに「ルクレティア」は書かれています。

セクストゥス・タルクィニウスは王制ローマ最後の王です。紀元前509年に殺されています。(wikipedia)

上記本から分量が多いが引用しよう。

 妻の品定めを部下とともにしていたら、部下の妻ルクレティアは質素で貞淑であった。それゆえ「セクストゥス・タルクィニウスの心には、力ずくでルクレティアを犯したいという欲望がめばえた。美しさだけでなく、折り紙付きの貞節に心そそられたのである。」

・・・・

後日、「セクストゥス・タルクィニウスは、コラティヌスの目を盗み、・・・コラティアに向かった。彼は魂胆を誰にも気づかれないまま丁重に迎え入れられ」・・・「客用の寝室に通された。家の者たちが寝静まったころを見はからい、」「剣を抜き、ルクレティアが眠っている部屋に忍び込んだ。そして左手でルクレティアの胸を押さえ、こう告げた。

「静かにしろ、ルクレティア。私は、セクストゥス・タルクィニウスだ。手には剣を持っている。声を立てれば、命がないぞ」。目が覚めたルクレティアは背筋が凍った。・・・

哀願したかと思えば、口説きと脅しをない交ぜにし、ありとあらゆる手だてを尽くしてルクレティアの女心に訴えかけた。しかし頑なに拒まれ」・・・「彼は恐怖に加えて汚辱の脅しに訴えた」

「―お前の死体のわきに奴隷の裸の死体を置いてやる。そうすれば、穢らわしい密通のさなかに殺されたと噂されることになるだろう。この脅しによって、彼の情欲は堅い貞節を打ち破り勝利者となった。タルクィニウスは女の誉れをずたずたにしてから意気揚々と引き揚げた。」

・・・

 夫の「無事か」という問いかけに対する彼女の答えは「いいえ」であった。「貞節を失った女がどうして無事でいられましょう。コラティヌス、あなたの床には別の男の痕が残っているのです。でも、穢されたのは体だけ。心は潔白です。その証として私は死んでみせましょう。でもその前に、どうか右の手をさしのべて、女の敵は許しておかぬ、と誓ってください。セクストゥス・タルクィニウスの仕業です。

・・・・

お前に罪はない―。 ルクレティアはこう答えた。「あなた方は、あの男にふさわしい罰を考えてくださればよいのです。私は、たとえ罪を逃れても、罰から逃げようとは思いません。この後、不貞の女は生きていけぬという先例にルクレティアはなってみせましょう」。彼女は、懐に隠し持っていた短剣を取り出すと、心臓めがけて突き立て、切っ先に身体を預けて息絶えた。夫と父はともに声を立てて泣いた。」

・・・

その後は夫の友人でいとこのブルトゥスが反乱を指揮し、追い詰められたセクストゥス・タルクィニウスは殺された、とのことである。

本当にあったのか、このようにしょうもない王様だから抹殺すべしという古代ローマのプロパガンダによる創作なのか、それはわからないが、また、このようなことで死を選ぶ妻を見るとキリスト教がなくとも倫理的にはかなり厳しい社会になっていたのではないか。告白したのだから、その後も生き続けてもいいはずである。女は姦通されたら死なのでしょう。
 ただし、この事件を黙っているとセクストゥスにバラされて窮地に追い込まれるか、バラさないから、また関係をもて、みたいな今日的ドラマのようなことになる。

また、このようなことが精緻に感情ややり取りのきめ細やかさまで書かれ話が必然であるように引き込まれる、ということも驚きであった。王政ローマを終わらせるためのストーリーとして気合い入れて書いたということであろうか。

 Vézelayの彫刻の名作の「絶望」にこのような意味を託したかどうかは類推をつなげているのであるし、当時の彫刻の目論見書は残ってないので確かめようがないが、ロマネスク彫刻としてよく引き合いに出される彫刻であるので彫刻自身はよくご覧いただけると幸いである。

Vézelayの「絶望」(向かって左)悪魔が自分の胸に剣を突き立てている。

上記リンクの内容を修正・加筆したものです。

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