グラフィックデザイナー・佐々木俊:酒飲まない、残業しない、先延ばしもしない

@ ATAMA DOCUMENTARY SHUN SASAKI

渋谷駅から佐々木俊さんの事務所まで十数分の道のり、何年かかっても未だ完成していない巨大な工事現場を通り、長い桜丘町の坂道を登ると、多くの灰色のビルの真ん中に明るい紺色が目に入る。佐々木さんの事務所だった。

渋谷の工事現場@ ATAMA DOCUMENTARY SHUN SASAKI

東京で一番面白いのは、地理的に非常に近い地域でも、全く違う文化や雰囲気があるということ。典型的な例は、同じ渋谷区に属する渋谷駅周辺と青山地区である。青山は静かで上品で、渋谷駅周辺はにぎやかだが、少し浮ついている気もする。だから、ここはデザイナーに人気がない。しかし、佐々木さんが事務所をここに選んだことを知ったとき、私たちは少しも意外ではなかった。強烈なカラーパッチ、束縛されない造形表現、作品を通して描かれた佐々木さんは、生まれつき反逆的な渋谷小僧の姿だった。

だから初めて佐々木さんを訪ねたとき、私たちは丁寧に選んだお土産ーー旺仔ミルク二本、しかも反逆を表す緑色パッケージのものを持って行った。しかし取材中、牛乳と緑茶を混ぜて飲み続けていた佐々木さんは、甘い食べ物はあまり得意ではないようだった。

佐々木さんin事務所前@ ATAMA DOCUMENTARY SHUN SASAKI
佐々木事務所の一角@ ATAMA DOCUMENTARY SHUN SASAKI

佐木俊
SHUN SASAKI

1985年仙台生まれ
2010年に多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業
2016年に独自のグラフィックデザイン事務所“AYOND”を設立
2020年にJAGDA日本グラフィックデザイナー協会新人賞受賞

現在日本で最も人気のある新鋭デザイナーの一人
日本誌PENは、佐々木俊と他の二人の著名デザインマスター原研哉、三木健を世界の天才グラフィックデザイナーと称している。


「東京に行くために、
デザイナーの道を選んだ」



大学時代は、どのような学生でしたか?


普通に(笑)、とても普通でした。めちゃめちゃいいわけでもないし、めちゃめちゃ悪いわけでもない、大学時代は普通の学生でした。ただ、すごく真面目だった。何て言えばいいんだろう(笑)、こうやって言うとみんな僕のことすごいつまんない人だと思いますよね。

旺仔を飲む佐々木さん@ ATAMA DOCUMENTARY SHUN SASAKI

またまた、ご謙虚を(笑)インタビュー受けるとき、みんな「大学の成績はすごく悪かった」、「私はそんなに成績が良くなかった」などと言っているような気がします。(笑)

佐々木:そのうち半分は嘘をついているはずだけど、半分は本当のことを言っているんじゃない?(笑)私は学校を出て、社会人になってから、本格的にデザインの仕事を始めました。逆に学生時代を見ると、学生時代に有名になった人もいる、たぶん。本質的に、やっぱりチャンスが来て、彼らはチャンスをつかんだ。チャンスって正確に言えないし、それがどこから来るのか分かんないから、その人たちのチャンスは彼らの学生時代に来たって言う話。

いつからデザイナーになりたいと思いましたか?何かきっかけはありますか?

佐々木:僕の出身地は仙台で、少し北の方の。だから東京に特別な憧れを持っていた。これが多分全部のきっかけだと思う。

東京に行くために、使える手段を考え始めて、やっぱり僕は絵を描くのが比較的得意な方だし、好きだったから、そのことが、上京する手段になった。僕自身には、そんなあるCDカバーを見てとても感動したり、あるポスターを見て衝撃を感じたりして、グラフィックデザイナーになりたいという思いが生まれたわけではなくて、ただ東京に行きたかっただけで、今の僕になりました。

@ ATAMA DOCUMENTARY SHUN SASAKI


もう一つラッパーという身分があると伺いました。


佐々木:ははは、そうそう。大学を卒業した時、3人のクラスメートと一緒にTOKYO HEALTH CLUBというラップグループを設立して、最初の時はみんなただやってみたいって感じで。TOKYO HEALTH CLUBは全体的に美術生たちが「やってみよう」っていう音楽のような活動をしています。正直、大学を卒業してから音楽を始めるのは遅いけど、それを趣味としてっていう気持ちで始めると、意外と長く続いていて、聴いている人も増えてきていて、先日はコンサートも開きました。

TOKYO HEALTH CLUBアルバムカバー@SHUN SASAKI

すごいですね。でもなぜTOKYO HEALTH CLUBっていうグループ名を付けたんですか?

TOKYO HEALTH CLUBを直訳すると、東京健康クラブになります。でも……健康クラブは日本で風俗という意味もあって(笑)。このような隠喩は多分日本でしか伝わらないかもしれないと思うけど。だから、一般的には健康な団体なんだけど、聞き方によってそのような意味になるっていう、こういう正反対の二面性が一つの言葉に表現されるのは面白いと思いませんか?

なかなか興味深いですね。せっかく趣味などの話題が出たので、もしデザイナーになっていなかったら、自分はどんな職業、又はどんな人間になっていると思いますか?

佐々木:僕は、実はとても「社交性」のない人間で。社交的な常識についてあまり概念を持っていなくて。人生で初めて出勤した日は、丸々4時間遅刻しました。昔は先輩たちにも敬語を使うのを忘れてしまうことが多くて、いつもそんなことで怒られていましたね。僕はこういう人間です。(笑)会社で働くのにはあまり向いていないのかもしれない。昔アルバイトの時もあまりやる気がなかったから……そうですね、デザイン以外に何ができますか?と聞かれて、デザインは本当に僕に向いているいい仕事なのかもしれない。(笑)


「デザインは感情を高めるためではなく、
一種の容器とすることもできる」


最果さんとの仕事は、確か佐々木さん個人としての最初の仕事ですよね。現在も継続されているとのことで、お二人の絆はどのようにして生まれましたか?

佐々木:大学を卒業してからはまず広告会社に入社して、日常の仕事以外にもTumblrに投稿することが多かったです。当時僕の投稿は自主的に制作したグラフィック作品でした。2014年頃かな、Little Moreという出版社が僕を見つけて下さって。最果タヒさんという詩人が詩集を出版したいという話を聞いて。当時Tumblrに作品を投稿した後、よく海外の人たちが僕の作品を見て下さって、褒めてくれたり、DMくれたりしました。でもそれだけで、日本人はほとんどいなかったです。いいね!の中で日本人の名前らしいのは見なかったので。でもどういうわけか、僕のTumblrが最果先生に見られて、出版される詩集を設計してほしいと出版社に依頼してくれましたね。

最果タヒカバーデザイン@SHUN SASAKI


佐々木さんは詩をグラフィックデザインで具象化し、イメージを持たせました。一般的にこのデザインは翻訳の仕事に似ているのですが、このような抽象的な内容を設計する時、どのような考えに基づいていますか?

佐々木:言葉、又は言葉の集合は情緒的で感傷的なもので。僕は、詩のこの部分の表現を意図的にコントロールして、強化しないようにしました。自分のデザインで「この詩は感情的でしょう、この詩は感動的でしょう」という強い信号を発しているような気配を出したくなくて。自分のデザインをどうやって成立させ、元の作品に合わせることができるのかを考えただけです。だから、僕のデザインは翻訳というより、いい匂いの空気が入っている缶といった方がいいと思う。僕の作品は、どっちかというと読者が内容に触れる前に見る表紙のようで、一種の詩の「包装」のようなものだと思います。

最果先生が本当に望んでいるのは、みんなが彼女の詩を一度読んでくれることです。悲しい気持ちで読んでも、楽しい気持ちで読んでも良くて。だから彼女は詩を人々の感情を喚起する装置にしたいと思っています。デザイン作業も同じで、デザインの役割や意味は、これらの詩の感染力を高めることではなくて、1つの容器として詩の内容を置くことにあって、これが一番大事です。


数千年前に生きた女性たちに関する詩@SHUN SASAKI


容器としてのデザイン、これは新しい視点ですね!


佐々木:はい、僕の創り方は珍しいというか、少し変わっているというか。たとえば祖父江さんがデザインをするときは「内から外」というデザインの理念に従っているのですが、僕がデザインをした時は「内外同時進行」のデザイン理念に従っていました。デザインの方法から言えば、僕の設計方法はそれほど「正統」ではないかもしれませんが、客観的には、これは同時に僕自身の独自性、オリジナリティとも言えるのではないでしょうか。



佐々木さんはどうやって詩と看板を連想させたのですか?


佐々木:ある日の帰りの道で、突然交通標識が見えて、道路標識って実は社会的な言語で、たとえば「前方通行止め」とか「右に曲がってください」とか、だからこそ、道路標識や看板のようなメディアに、詩のような非社会的言語を加えると面白くなるのではないかと思いました。

千人に千人のハムレットがいる。詩の受け止め方が受け手によって変化し、最果先生もそれを肯定していました。そこで僕はわざと文字をパターンに変換したり、模様の一部として扱ったり、色の濃淡に応じてレイアウトを行ったりしました。これによって、期待とはまったく異なる表現が生まれ、抽象画を描くように、文字をテクスチャ、記号、色の組合せに変換しました。実は、僕はあまり主観的な意識を持って編成したわけではないのですが、これらのパターンがどんな意味を表しているのかとよく聞かれます。また、このパターンが詩のどの部分を表しているのかも聞かれるのですが、実はこれらの要素は僕の自己表現ではありません。この色がこの詩の何を表しているのか、この詩の表現方法は何なのか、読者が勝手に自動生成できる、自動的に意味が生まれることが詩の意義であって、僕はそう思って作りました。

詩の標識、或いは看板@ SHUN SASAKI


「表現より、
失敗を恐れています」



歩いている間にインスピレーションを得ることができますか?

佐々木:僕は散歩がめちゃくちゃ大好きです。散歩しながら観察するのが好きというより、散歩自体が好きです。僕の創作過程で困難に直面して前に進めない時、よく外を歩いて、道路上のことをよく観察して、それらを吸収して、自分のものにするのが好きです。散歩の過程は保存の過程であって、大量の保存を経て、必要な時に保存した引き出しを開きます。もし情報を引き出しに入れたばかりで、すぐに開けたら、その情報はただの情報です。わざと暫く置いて、少しずつ「成熟」させて、こうやって引き出しを開いたとき、その情報がより大きな意味を持つようになります。

@ TOKYO HEALTH CLUB

好きなアーティストはいますか?

佐々木:アーティストといえば、マティスですね。僕の造形と色はマティスの影響を大きく受けました。マティスの色は見ていて気持ちいいと思いませんか?

@ Henri Matisse Blue Nude IV 1952 Gouache on paper, cut and pasted 103 x 74 cm Musée d’Orsay, Paris, on deposit at the Musée Matisse, Nice © Succession H. Matisse Photo: François Fernandez


後は元永定正さんで、彼は版画家です。彼の絵本「もこもこもこもこ」は、日本のすべての子供が読んだことがあると信じています。僕は、この二人の影響をたくさん受けました。面白い形が好きだからこそ、デザインの仕事でもできるだけ「面白い形」ということを僕の小さな目標としています。

もこもこもこ@ 元永定正(文研出版)


佐々木さんの作品はスタイルも色も大胆ですが、表現力のある人と言われますか?


佐々木:僕は、特に表現力のある人というよりは、とにかく生産を増やしたい人です。仕事中での失敗をとても恐れています。だからこそ、いろいろな情報を集め続けて、少しずつ自分の技術を磨き、高めていきたい、という風に思っています。

でも、この失敗への恐怖があるからこそ、自分からたくさんのものを作らないと不安になってしまいます。ゲームをしている時でも、僕は絶対に失敗を受け入れられない人間です。全部の宝箱を開けなければ、僕は絶対に次のステージには入りません(笑)。はい、そうですね。僕はこんな人間です。

HUM人N@ SHUN SASAKI


なるほど、でも私自身が作品を作っているとき、よく〇〇のスタイルに似ていると言われますが、スタイルというものをどう考えていますか?

佐々木:自分を完全にどこかのスタイルに帰属しようとしているわけでもないし、毎回違うスタイルのものを作らなければならないという要求もなくて。そもそも、「デザイン」ということの僕にとっての鍵は、僕自身が自分から何を発掘できるかにあります。人として、僕は自分から何かを得ることができる。だから最後まで、自分の創作は当時の体調や心理状態など様々な状況に関連しています。

「蛍光色や鮮やかな色がよく使われていますね!」と言われますが、僕は華やかな色を使うために使っているのではなくて、完璧な組み合わせを作ることしか考えていないです。でもそう言われているので、僕と世間の考えは違っていると思います。皆さんは僕が派手だと思っているけど、僕は社会的に色の使い方が鈍いと思っているだけです。(笑)個性といえば、これも個性ですが、僕の自己主張ではありません。僕も白黒の作品がたくさんあります。繰り返しの中で、大量の試みの中で、徐々にこのような傾向が現れてきて、オリジナルというのは、一定の数の後に現れたものじゃないのかな?

设计的(所在)地 @ SHUN SASAKI
@JIN-KUN & RIKI-CHAN @ SHUN SASAKI


「デザインにとって、
睡眠はとても大事です」


デザインする上で注意しているところはありますか?

佐々木:自分の体の変化によって、創作も変わります。体調が悪いときや天気がとてもいいときは、人の仕事の状態って全然違いますよね。僕は、実は毎日たくさんの時間をかけて創作して、物事を最後まで遅らせるのが好きではないので。僕は、とにかく失敗が大嫌いだからです。ずっと良い作品を出すために、依頼を受けた初日から考えたり描いてみたりして、毎日少しずつ制作を進めています。

勉強になりました。では最近、何か昔と変わった習慣はありますか?

佐々木:最近ですね。昔はグラフィックデザインの仕事をする中で、クライアントから「あ、ここの字が小さすぎるので、大きくしてください」という要求がありました。その時は相手を説得しようとします。僕が作った文字の大きさはちょうどいいはずなので。最近になって、誰かがこんな要求をしたら、僕はこの文字を大きくします。こんなに大きくしたら流石に見えるでしょう!最近はこのようなやり方でリラックスしていますが、意外にも効果がいいこともあります。

父親になってから、何か変化はありますか(笑)?

佐々木:変化といえば、全部変わったと言うべきですね。生活が変わって、とても早く起きるようになって、夜11時ごろに寝るので、健康になりました。後は、時間がもっと貴重になりました。週末は仕事ができなくなったので、時間の配分が変わっただけで、制作自体はあまり変わってないのですが。それと、絵本を読むようになったことかな。絵本をたくさん買って、その影響で、絵本を出すつもりです。今はまだ発想段階なので、本当に出すなら、二年後だと思います。

先ほども11時に寝るとおっしゃっていましたね。本当に羨ましいです。日本のデザインスタジオは遅くまで仕事をしていると聞いたので。

佐々木:今は子供のために早寝早起きしていますが、今までもほとんど徹夜はしなかったので、夜更かしの回数は数えられるくらいです。仕事を始めたばかりのときは、上司がいて帰れなかったので。でも今は自分が上司になっているので、夜更かしは全くしません。デザイン、或いは仕事にとって睡眠は大事です。よく眠ればもっと客観的に自分の作品を見ることができます。前日に作った、僕自身が天才的な作品だと思っていたものも、次の日に見るとただのゴミかもしれません。この過程を何度も繰り返さなければ良い作品を作ることができないので、そのゴミを再び良い作品にして、次の日にゴミにするという過程が必要です。だから寝なければ恐らく完成できないんじゃないかな。

@ ATAMA DOCUMENTARY SHUN SASAKI

続いて、最後に少し意地悪な質問ですが、デザインは何だと思いますか?

佐々木:デザインは何か、表現ですかね。表現だと思います。僕の考えでは、僕たちグラフィックデザイナーは紙の厚さによって、紙よりもずっと厚い深さを表現している、これって凄く面白いことじゃない?これがグラフィックデザインの楽しさだと思います。

僕の答え悪くないでしょう。(笑)


インタビュー:ATAMA
編集:iku、夜宵
写真:CHANG DAVY