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地面への信頼

※ヘッダーは中目黒土産店さまよりお借りしました。感謝。
身近に潜む怖ろしい事故「転倒」・ちょっとした短編風に。(約1700字)

今朝は-3℃の寒い朝だった。
昨日は雪が申し訳程度に積もったけれど、すぐにグシャグシャに溶けてしまった。

今朝はいわゆる放射冷却の寒さで、庭や道路はキーンと音がしそうなくらい白く冷えきっている。
幼い頃は通学路に氷が張っているを見つけるのが妙に楽しく、池や水たまりの氷などを嬉々として割っていたのを思い出す。
ガラスを割ると大変なことになるけれど、氷のそれは感触が似ているのに誰も咎めない。ささやかな破壊行為を無邪気に愉しんできた子ども時代。
この朝にもそんな氷を見つけたなら、わが子にも「コレ割ってみ」と私はおどけることだろう。

「地面が平坦で安全だという幻想を田舎の人間は持っていない。くれぐれもお気をつけて」(=ツルツルでこけるやつやで、気ぃつけや)

都会人で寒冷地の歩き方を体得していない(ように思う)夫。
ひざが痛いとか腰が痛いとかいつも身体の不調を訴えている夫。

彼が通勤中にウッカリ転倒しないようにカギカッコ通りの言葉を仏頂面で唱えて送り出しながら(詳細は省くが、仏頂面で格言めいた物言いはうちの日常である)
先日、私が居酒屋の帰り道に道路の穴で転けてスネを打つ醜態を晒したことを苦々しく思い出していた。

その後は諸事情あって、寝室を掃除をしながら探し物をしていた。

いつも掃除をしながら探し物をしている気がする。
このまま掃除しながら探し物をする人生なのだろうかと暗澹たる気持ちを抱えながら、フロアワイパーに絞ったマイクロファイバーの雑巾をセットし、寝室の床を一拭き。また一拭き。
拭いた所にスリッパを履いた足を踏み出したところ・・・

すってーん!

風呂場ではないがこの感じ

大地が反転した。
私の全体重を託した後頭部がベッドの木製の枠にゴッチンした。

反射的に後頭部を手で押さえる。

・・・このまま死ぬのだろう。享年39。

短いというには生きすぎたが、長いというほど十分ではなかった。

まだ道半ば。社会的に何も成し遂げていないし、学業も仕事もnoteも半端。子どもも幼い。惑いまくりの人生だった。
無念だった。掃除をしながら暮れるわが人生。

華々しいこともなく、結局何事も楽しめない人生だったな。
でも誰も憎まなくて良かった。
まずココの掃除を終わらせてから逝きたいな。
(私がいなければベッド下は永遠に拭き掃除されないであろう)
掃除の地縛霊として漂うことになったりして・・・

「地面が平坦で安全という幻想を(私は)持ってはいない」
遺体を見て、エラそうに注意しといて、アイツ自分が転けて死にやがったとわが夫は思うのだろうか・・・

どれくらいの時間が経っただろう。
痛みに悶えながらおそるおそる目を開けると視力は無事なようだ。
身体を起こし、ヨタヨタと床からベッドの上に移動する。
柔らかい布団が優しい・・・
再び後頭部に手を当てるとおそろしく膨れ上がっている。
血は、出ていない。

たんこぶができると大丈夫とか言うよな。
脳に損傷とかはないだろうか。むしろ覚醒した?
これ以上頭が良くなったら大変だな。
そんなアホなことを考えられるのならひとまず、大丈夫か?

仰向けのままベッドの上でぼんやりしていると、隣のリビングからくろちゃん(オカメインコ)が翼でカーブを描きながら胸元にきて留まった。
寝ている人にすかさず留まって撫でてもらおうとする愛らしい鳥。鳥を飼っていない方には驚く光景だろうが、これはうちの日常だ。
いま撫でてやる余裕はないが、なぜかその姿に生命力を感じて励まされた。
すぐにしろちゃん(同インコ)も来て私の頭に留まった。
鳥の爪の食い込む頭が痛い。

痛いけど ベッドの上には いのち三つ(満つ)

窓の外にはジューンベリーの庭木。落葉しきった姿を北風にさらしているが彼もまた春を待ちながら、生きている。
ゆっくりと手のひらを閉じたり開いたりしながら、生きている幸運を噛みしめていた。






※以上。読んで下さりありがとうございます。大げさかもしれませんが、かなり実話でした。
寝返りを打つのが痛みましたが、24時間以上経った今も無事なので多分、深刻なエラーは起きていないと思われます。
人生が強制終了するかもしれない不意の転倒。老いも若きもお足元にはお気を付けて。

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