見出し画像

私は自信がない


私は自信がない。

初めまして。
現在、フィリピンにある語学学校で主にサービス開発のインターンをしているOgasaです。

突然ですが、

あなたは他者の目を気にしないで自分らしく生きていけますか? 

あなたは他者の成功を素直に喜べますか? 

あなたは口に出して自分の将来の夢を他者に言うことができますか?


私は全てできません。
それはなぜかというと、自分に自信がないからです。


そんな自分に自信のない私がなぜ、このような記事を書こうかと思ったのかまず説明したいと思います。その背景として、現在のインターンで行った自己受容ノートがあります。


【自己受容ノート】


自己受容ノートとは、


あなたが生まれてから現在までにどのような出来事があり、そこでどういった感情が生まれたかを書き出すワークです。就活の際にやる自己分析のみたいにポジティブな出来事だけに焦点を当てるのではなくネガティブな出来事にも焦点を当てて感情を客観的に書き出します。


書き出した後は、同じような出来事や感情をグループ化して、自分の中にあるルールは何だろうか?と考えてみます。


その結果、私は自分に「自信がない」ということに気がつきました。


確かに「自分は自信がない」と心の中では思っていたが認めないようにしていました。しかし、実際に自己受容ノートを行い、感情を可視化してみると認めざるを得なくなりました。



【自己開示】


自己受容シートによって自分に自信がないということがわかりました。


では、どのようにして自信をつければいいのでしょうか?


私はインターン期間中にあるワークショップに参加しました。そこで私は半ば強引であったが、「自分が人の目を気にして生きていたこと」を英語で人前で話しました。その際に、心の奥にあったモヤモヤが少し消えたような感覚が芽生えました。


また、今回のインターンで行った上司によるメンタリングで、自分について初めて詳しく誰かに自己開示をしたことで気持ちがスッキリした経験もありました。
 

確かに、今まで溜め込んでいたものを嘘偽りなく話すことは勇気もいるし恥ずかしさもあり、最初は抵抗がありました。しかし、他者に自分について話すことで、自分は自分らしく生きていいんだと思えるようになりました。



画像1


このことから、私はメンタリングで受けたアドバイスとワークショプの経験から、より多くの人に自己開示を行うことで今よりも自信をつけたいと考えたので、今回投稿を決意しました。


また、もし私と同じように「自信がなく」て悩んでいる人がいれば、この記事を読んで、少しでも自己開示に抵抗がなくなればかと思います。


私も最近になってやっと、他者と自分は全く違うベクトルで人生を歩んでいるというマインドに変化してきています。


【小学校時代の私】


いわゆるクラスのおもしろいやつで目立った存在でした。小学生の時に学級委員も4年間務めるくらい人望もあったと思います。また、勉強でもこれといって苦労はしたことはありませんでした。


ただ、自分が目立てば目立つほど失敗は許されない、もし失敗したら皆に笑われると勝手に自分の中に強いルールを作っていました。


それ以降、第三者の目を気にするようになり自分らしく生きることができなくなってしまいました。誰かに褒められるために勉強する。誰かにかっこいいと思われたいからスポーツをする。誰かに慕ってもらいたいから面白いことをやってみる。


そんな、私は小学校5年生から中学校受験を始めました。もちろん自分の意志ではありません。周りのみんながやっていたからです。塾に行っても勉強をしているふりだけでした。それなのに、悪い点数は恥ずかしいので自己採点は甘めに行い、自分という存在を無理に肯定しようとしていました。

その結果、滑り止めにしか受かりませんでした。


ただ、地元の中学校に入学することは嫌で嫌で大泣きしました。
なぜなら周囲には受験したことは伝えていたので、私が落ちたことに対しての周囲の反応が怖く恥ずかしかったからです。

他者の評価や目ばかり気にして小学校時代を過ごしました。



【中学校時代の私】


結局、地元の公立中学に入学をしました。しかし、成長が遅かったこともあり小学校の時のようにスポーツができるわけでもなくメガネの陰キャラ男子でした。
 

ただ、中学受験で少しは勉強していたので定期テストでは学年20位には必ずいました。しかし、応用力は全くなく実力テストでは40位まで順位が落ちる始末でした。


結局、中学でも内申点や先生の評価のために定期テストでいい点数を取ろうとしていました。


また、この時期に私の姉が反抗期をむかえ、姉のように振舞ったら親に嫌われる、怒られると思ってしまい、余計に周囲を気にしながら生きて行くようになりました。


そのストレスから、中学2年生の時は常に自分の周りに味方がいないと嫌で、そうじゃない人は常に排除するようになりました。いじめだってしましたし多くの人を傷つけました。


そして、受験期には、本当は受けるはずであった第二志望の公立高校を私は途中で辞退しました。


なぜなら、受かる自信がなかったのと落ちた時に恥ずかしいと思ったからです。そして、その高校は母親の母校でバカにしていた部分もあり、余計に落ちた時に面目が立たないと思ったのが事実です。


私は、中学校時代にも他者の目を気にしすぎて自分の弱みを見せないようにと行動を制限していました。また時には、自分のコミュニティーを脅かすものを排除しようとし自分をコントロールができなくなっていました。



【高校時代の私】


高校に入学した私は、外見に対して他者の目を人一倍気にするようになりました。確かに、思春期ということもあり外見を気にするのは当たり前のことかもしれませんが、私は過剰に気にしていたと思います。


例えば、ニキビができるようになると季節関係なしにマスクをつけていました。また、顎も少し出ていると友達に言われてから、マスクで隠すようになりました。マスクがベストフレンドになりました。


一方で学業では、私は滑り止めの高校に入ったこともあり、定期テストではクラスで上位に常にいました。またまた優等生になりました。


そして、受験期には私は受験=戦争という風に捉えていたので、特に大学でやりたいことがあるわけではありませんでしたが早稲田大学に受験を決意しました。


なぜなら、姉や周りの友人より偏差値の高い大学に行くほど他者に認められ、自分という存在が肯定されるのではないかと考えていたからです。


もちろん、受験は一般入試が当たり前であって、推薦入試は逃げであって人から評価されないとも考えていたので、一般入試以外クズだと思っておりました。


画像2


結局、高校時代でも私は周りの意見や目を気にし、それに惑わされていただけでした。自分が結局なにやりたいかは決められず、一般的なレールの上乗っていれば人生はなんとかなるだろうと楽観的に考え、他者に自分の人生を委ねていました。
 


【大学時代の私】


大学に合格し入学はしたものの、全国から優秀な学生が集まっていており自分は全く優秀ではないことを知りました。完全に井の中の蛙状態です。


全てが新しい事づくしで、サークルの先輩について行くしかありませんでした。そして、その人に近づけるように自分という存在を偽って過ごしてきました。


いわゆる、ガヤ(先輩のいる前)では目立ってはいるが、ふとスポットライトが当たると急にもじもじするジャイアンの威を被るスネ夫状態です。


そして、遊んでたらいつのまにか3年生の夏を迎え、周囲が就活について考えるようになりました。


「大企業で安定していて年収がいいところが人生の幸せであって、やりたくないことは絶対に我慢してやらないといけない。それが社会の常識であって、目に見える物質的幸福のみが人に認められ、幸せを形づけるものである。」


と、私は思っていました。


画像3


そこで、大企業に就職するためには、まず英語が話せないといけないという安易な考えでこの頃に就活をやめて留学を決意しました。



【留学・就活中の私】


ありきたりだが、留学して気づいたことがあります。それは「世界広いし色々な人いるな。」と。


安定した会社をやめて留学?スポーツ留学?夫婦で留学?大学院進学のために留学?


こんな生き方もありなのかもしれないと気がつきました。確かに、一般的に見れば社会のレールは外れているかもしれないが、自分がやりたいことをするのが幸せなのかもしれないと考えるようになりました。


画像4


そして、留学から帰ってきたら、周りのみんな大手企業に就職しようとしていて自分の気持ちや考えがブレるようになりました。


「もしかしたら安定してネームバリューなる大手や成長産業で年収もいい企業が正義なのかもしれない。それとも安定していて福利厚生のしっかりとした公務員が正義なのだろうか。」


「自分がやりたいと思って選んだ業界は間違っているのではないか。やっぱり安定と年収に重点を置くことで(物質的な)幸せが手に入り、生きていくうえでそれらが全てなんだろうか。」


と思うようになり、自分に自信がなくなりました。


そして、自信がなくなるにつれて、素直にみんなが大手に就職することを喜べない自分が存在していた。それが悩みでありストレスとなり、


最終的に


「大手とか年収のいい会社に就職したやつムカつくな。」


と心の奥深くに思うようになっていた。



【現在の私】


現在私は、フィリピンのNGOが運営している語学学校で生徒さんのためのサービス開発と運営を主に行なっています。また、先生の採用活動の手伝いや動画製作をしながら毎日を過ごしています。


なぜフィリピンにいるかって?


インターン面接では、ビジネス英語を学びながら多様な文化に触れ、フィリピンの貧困問題を解決できるような支援をしたいと考えているからと志望理由を言いました。


実際は、4月から働きたくなかったし、いきなり社会人になって働く自信がなかったからという理由が大きかったと思います。


ただ、フィリピンで4ヶ月間のインターンやメンタリングを通して、今まで自分が心の奥底で隠してきた「自信がない」ということに気がつくことができました。


しかし、人間はそう簡単に自分のルールや慣習を変えることはできません。


そこで、最初で言ったように、このようにありのままの自分をさらけ出して自分に対して自信が持てるようにスモールステップであるが前に進んでいるところです。


画像5


また、インターン先が国際村にある利点を生かして、国際交流できるMeet-upをゼロから自分で企画して開催をしたり教師と生徒を繋げるためのイベントを開催したりしました。そのおかげで、今ままでは自信がなくて人前に立つと緊張してしまう性格でしたが、それがほとんどなくなりました。


少しずつではありますが、自信がついてきています。



【今後の私】 


まずは 10月から内定先の企業で働くつもりです。


そして、いつか地元名古屋の観光を熱くすることが夢です。なぜなら、地元のために漠然とではあるが直接何か貢献したいと考えているからです。

あとは、温泉街か海の綺麗な場所でゲストハウスを開きたいです。

もっと趣味を増やそうとも考えてます。

たくさん本を読んだり色々な人の話を聞いたりして、知識をつけたいです。

そして、今後もここで自分の思いや考えを書いていこうかと思います。


これで以上になります。

ありがとうございました。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?