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研究者を評価する数字の話

一時期よりは収束した印象がありますが,最近おきた出来事の中で,研究者を評価する数字が話題になっていました。「この研究者はh-indexがゼロだからたいした研究者じゃない」とか,そういった話です。

今回は研究者を評価する数字について書いてみたいと思います。

大学・学部学科・研究室の選び方

大学に進学した経験のある人は,ご自身の進学先を選んだ理由を思い出してもらうと良いかと思います。明確な理由で大学や学部学科を選んで進学した人もいるとは思うのですが,どうしても大学というものは,外からは中の詳しい内容がなかなかわからないものです。そこで,ある程度は幅をもたせて進学先を決定するものではないでしょうか。

たとえば文学部と社会学部を受験するとか,経済学部と法学部と商学部を受験するとか,いくつも受験をして結果的に合格した中で選択した,という人も少なくないと思います。

それは,入学後にどの学問のコースや専攻を選択するか,そしてさらにどの研究室やゼミを選択するかというときでも同じです。時に学問の内容よりも,「この先生の授業が面白いから」とか,「この先生は優しそうだから」とか,そんなことで進学するコースや研究室が決められたりします。

隣の学問

学問というのは,その領域によってずいぶん文化やルールが異なっています。たとえば心理学と社会学には隣接する領域があるものの,扱っている内容や研究の進め方はずいぶん異なります。心理学の中だけでも,動物の実験をするのか,人間の実験をするのか,調査をするのか,調査の中でもどのような概念を扱うのか,臨床やカウンセリングをするのかしないのかなど,違いは多岐にわたります。

そういった違いによって,一人で研究するか共同研究をするのか,本を書くのが当然か論文が当然か,日本語なのか英語なのかその他の言語なのか,研究の進め方も異なってきます。そして,研究業績として論文や発表にまでつながるスピードについてもずいぶん違ってきます。

Scopus

さて,最近話題になっていたのは,学術出版社Elsevier(エルゼビア)が提供している,Scopus(スコーパス)というサービスです。そこでは,学術情報データベースに基づいて,各研究者の研究業績の文献数,一定の期間の被引用数(この研究者の名前が掲載されている論文がどれだけ引用されたか),そしてh-index(h指標とかh指数)という数値が提供されます。

h-indexというのは,ある研究者について被引用数がh回以上である論文がh本以上あるという条件を満たす最大の数値のことです。と言ってもよくわからないと思うのですが,もし10回以上引用されたある研究者の名前が載った論文が10本以上あれば,その研究者のh-indexは「10」となります。

私の大学でもScopusにアクセスすることができます。そこで自分の名前で検索してみました。

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被引用数は563ですので,それだけ何かに引用された回数があるとカウントされています。h-indexは「13」となっていますので,それが私の研究業績に基づく数値です。

Googleに聞いてみる

同じようなサービスはGoogle Scholarでも提供されています。

このサイトでプロフィールを登録している研究者を探すと,その研究者の研究業績情報が出てきます。PC画面とスマホ画面でずいぶん違うのですが,こんな感じです(これはスマホの画面)。

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Citationsが文献が引用された数です。2015年以降の「h指標」つまりh-indexは21と表示されています。

Googleのデータベースに基づけば,「21回以上引用された文献が21本以上ある」ということになるわけです(引用数は毎週のように増えていきますので,この数字は画像をキャプチャした時点でのものです)。

ScopusとGoogle Scholar

ScopusとGoogle Scholarの数値はずいぶん違います。Scopusはデータベースに入れられている文献が主に英語論文に,日本語の論文でもメジャーな学術雑誌の一部に引用文献として記載されたものが計算の対象になります。

一方でGoogle Scholarは,検索して引っかかったものは何でもかんでもデータベースに入れる傾向があります。学会発表でも,紀要論文でも,マイナーな雑誌でも,引用文献が書かれていればカウントされます。従って,数字が大きめに出ます。中には重複してカウントされるものや,同姓同名の著者のものが入ってくることもあります。

どちらも一長一短があります。

書籍

書籍は引用に入ってこないのかというと,そういうわけではありません。たとえばGoogle Scholarの場合には,他の論文に引用された私の書籍も被引用文献にカウントされます。

ただし,論文に引用されやすい書籍というのは,私の場合には心理統計に関するHow To本です。あまり学術的に意味がある書籍ではない,技術的な内容の書籍がよく引用される場合があるというのは,引用の数字だけを見る場合に注意が必要であるかもしれません。

研究の評価は難しい

私自身,日本で最大規模の人文学系学部・研究科に所属しています。そこで実感することは,研究業績の評価はそんなに単純なものではないということです。自分の研究領域の基準を一律に当てはめることは,とても無理だと感じます。

たとえば教員の人事を行う際には,異なる研究領域の研究者も委員として指名されますので,他領域の研究業績を目にする機会もあります。隣接するような研究領域であればなんとなく「これくらいかなあ」と想像はつくのですが,領域が離れるともうどうしようもありません。論文を読んでも理解することは難しく,そもそも英語でも日本語でもない言語で書かれた論文の場合もあります(読むことすら難しい)。学会で発表することにとても価値があるという研究領域もあれば,心理学のように研究業績としてあまり重視されない領域もあります。芸術作品や創作物が重視される研究領域もあります。自分が知らないどこかの国の雑誌が研究業績に書かれていて,詳しい先生から話を聞くと,その国のその雑誌にその言語で論文が掲載されるというのは難易度が高く,とても名誉なことだということを初めて知ることもあります。

分野による有利不利

このように,h指標でも論文の数でも雑誌のインパクトファクターでも同じなのですが,「どの研究分野を選んでいるか」でベースとなる数値が変わってしまいます。

人文学系の学部にいて業績評価の数値を比較すれば,心理学の研究者であるだけで有利になってしまいます。他の研究分野に比べれば心理学の研究雑誌は世界中に数多く流通しており,論文は掲載されやすく,論文の総数が多いので論文が引用される確率は高くなります。世界中の総論文数自体が少ない分野は,最初から数値的に不利なのです。

そして最初に書いたように「どの学部学科を選ぶか」「どのコースを選ぶか」「どのゼミを選ぶか」を決める際には,将来の平均的な研究業績数を考えて選ぶようなことではしません。進路の経路を考えれば,それぞれの研究者はたまたまその研究分野で研究活動を行っていると言っても,それほど言いすぎではないように思います。そういった偶然によって,研究業績は左右されるのです。

数値化

あくまでも,数値化された指標は特定の範囲内の人々を比較するときに役に立つものです。その範囲を越えて比較することはあまり意味がありません。

何かの数字に名前がつくと,つい拡大解釈して比較したくなってしまうものです。それは,本来比較することができない中学入試・高校入試・大学入試の偏差値を同じものとして比較してしまうのと同じで(母集団が違うので比較することができない),子どもの頃の精神年齢に基づく知能指数と大人になってからの偏差知能指数を同じものと考えてしまう(そもそも算出方法が違うし意味も違う)のと同じです。

研究者を表す数値も,ひとつの公募の中である分野内で研究者を比較する時には目安になりますが,研究分野を超えた時には注意が必要です。

そこでやっぱり思い出すのは,この本です。数字を使うときには,どの範囲で使うべきかを考えておきたいですね。


今回は,以前Quoraに書いた回答に基づいた記事を再構成したものです。

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